作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成23年3月号) < *印 新仮名遣い>


  高 松 藤澤 有紀子 *

同じ事に笑い合いまた怒り合う似た者夫婦の我ら二人は
足音にてその一日の夫が分かる十年間はだてにはあらず


  白 山 上南 裕 *

送り来し箱の中身はお袋の米と親父の実家の柿なり
包丁を刺せばたちまち汁あふる吉野の柿は日本一ぞ


  宝 塚 有塚 夢 *

電車の向かいの席の人も求人誌開いておりなぜかほっとして見る
わたくしをとらえていないまなざしでいったいどこを見てるというの


  千 葉 渡辺 理紗 *

着実に照らし出だしいし街灯の明かりで君を見守っていたい



  丸 亀 細島 雅 *

聖母マリアは「受胎告知」の額の中幼きを身籠る母の姿す





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

つわぶきの花の黄に来て冬の蝶うしお吹く風に羽吹かれつつ
潮騒のここに遠のき林のなか光つややかに石蕗の葉むら


  横 浜 大窪 和子

解放されし日々の続けよ咲く花を髪に微笑むスーチーさんに
わが手紙今ごろは読みて居む君かほのぼのとして思ふたまゆら


  那須塩原 小田 利文

送信と同時に届きし妻のメール心は今も通ふかと思ふ
子育てはしばし忘れてコンサートに妻と聴きをり「茶色の小瓶」を


  東広島 米安 幸子

明け初むる若草山を背向(そがひ)にし地靄はのぼる平城宮址
山霧の晴れても暗き発心門址いざ神域に入り行かむかな


  島 田 八木 康子

踏切に目を閉ぢて待つしばらくを眼裏のこの温かな赤
戴きしレモンの中より出でし種そだちてあまたの蝶を養ふ



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

酒飲まむ日を楽しみし父のことふと思ひ出し涙出でたり
正月も近づきさすがに寒き日々亡き女房の恋しき日あり


  東 京 佐々木 忠郎

由美子さんより受話器手にせし病む先生ああ九十歳の嬉しきみ声
病みて三月(みつき)か初めての電話に忝(かたじけな)し四十五日過ぎし吾が誕生日のこと


  三 鷹 三宅 奈緒子

おとろへてゐたまふさまを聴くのみになすなく今年歳晩となる
亡き夫の故里にその歌碑建つと遠く来たまひき君若かりき


  東 京 吉村 睦人

己が身を「薬の棄てどころ」と詠みましきそれより三月(みつき)のみ命なりき
たはやすく節を変へ得るも才能のうちと思ひてわれ蔑まず


  奈 良 小谷 稔

大津皇子の母の古墳か閃緑岩の床曝されて冬日に青し
大津皇子の齢は母を超えたりやあはれは尽きず母子ともども


  東 京 雁部 貞夫

防雪林切り拓きたる跡に建つ「新青森」の駅舎が一つ
収穫の済みし林檎の樹々おほひ雪降りやまず津軽は今日も


  さいたま 倉林 美千子

体操を促す楽を聞きて知る編集室校正室午後も更けしと
一人自在のレイアウトにわが熱中しもの言はず冬の日が暮れてゆく


  東 京 實藤 恒子

いくたびかの法曹会館の新年歌会よみがへり来て心は奮ふ
渾身の力を奮ひ指揮をする小沢征爾か七分間を


  四日市 大井 力

弱くなる自らを憎み歌選ぶ刻がまた来ぬこの月もまた
阿らずおごらずいまを見極めてこころ尽さむ至らざる身に


  小 山 星野 清

遺伝子組み換へ菜種が日本の港湾のほとりに咲きて花粉飛ぶといふ
アメリカの大豆に混じりしアレチウリ豆腐屋の周辺より戦後拡がりし


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

土よりの冬のしばれの立ち上がり路地の一画凍りゆきたり
乾きたる球根に命の潜みゐてその単純を沁みて思へり


  取 手 小口 勝次

仁川(インチヨン)に着くとき見たる西の海黄海の中に大延坪島(チョンピョンド)あり
韓国より帰りて二十日大延坪島を北朝鮮は砲撃したり


先人の歌


五味保義の歌 第一歌集「清峡」より

たかくつむ石炭のわきの日でり道ほてりを顔に感じて通る
雨戸あけず幾日にならん勤より疲れかへりて服ぬぐ寒さ
わが窓につづく甍の向うには入海くらくあるをぞ思ふ
のどいためこもる二階に見つつをり街の朝市雨にちりゆく
大き艦けむり吐くみゆ朝明のしぐれに濡れし通りのはてに

 島木赤彦の死後、土屋文明門になった五味保義は赤彦調からの脱皮に手間取り、苦悩していた。これら「新舞鶴」の一連は文明に激賞されて結局舞鶴海軍機関学校教授の職を捨てて茂吉文明のいる東京に行って歌に打ち込む決意をした。そのきっかけになった新生面を開いた一連で先入観に縛られない自由な写実に開眼した。
                     

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