作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成23年4月号) < *印 新仮名遣い>


  白 山 上南 裕 *

フルーツゼリー決して食うなお前はまだまだ若いのだ丸かじりしろ


  宝 塚 有塚 夢 *

すべてを暖色に変えて輝く電車内夕陽に染まる琥珀色時間


  埼 玉 松川 秀人 *

おみくじは中吉と出ぬコメントに口は慎むべしと書かれしものが


  千 葉 渡辺 理紗 *

どこまでも青く続いた快晴の空は孤独で風も吹かない



  高 松 藤澤 有紀子 *

我よりも高く積まれし子の賀状ああ子の世界は広がりてゆく





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

紙粘土に母のつくりし白うさぎ食べてしまいたくなる感触
いつか観し「となりのトトロ」言い出でてわれら五人の水辺のあゆみ



  横 浜 大窪 和子

言ひそびれし幾つかのこと忙しなき心にありて年ゆかんとす
踊りつつ鏡の中をよぎりゆくひとときわれのまぼろしめきて



  那須塩原 小田 利文

十六年まへの神戸の吾が日々を思へと雪降る一月十七日
降る雪に点字訓練捗らず広き教室のいよいよ寒く



  東広島 米安 幸子

眠りゐる子ら二人乗せ発車して程なくもどる何を忘れしか
昨夜声に良しと封ぜしにこのあした馴染まぬ語感のありて書換ふ



  島 田 八木 康子

鉄工場に継ぎて閉ぢゆく木工場ここももうすぐドラッグストアに
やうやくに捕へし噛み付き猿を飼ふ県民性ああ「ラッキー」と呼びて



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

この辛(つら)き経験これより生かすべし息子の来むをひたすらに待つ  p2
わが体だいぶ痩せしかと問ふわれに回診の医師笑みて答へず


  東 京 佐々木 忠郎

車椅子押し呉るる介護士の相見(あひみ)青年正(しゃう)十一時には門のベル鳴らす p2
車椅子より正月用の花をと指示すれば親身(しんみ)になりて良き花選ぶ


  三 鷹 三宅 奈緒子

足曳きてひとり万助橋わたる久々に会はむ象の花子に p2
石床にかはらず立てる老いし象かの日よりさらに皮膚皺みたり


  東 京 吉村 睦人

雪はまだ降りてゐるのか静かなり夜更けをなほも校正つづくる p2
取り返しつかぬ思ひに立ち止まるふれあひ橋のなかほどにして


  奈 良 小谷 稔

わが友ら呆けずに長き命保ち会員のあまた減るをとどめむ p2
歌絶えし八十九翁に電話して口調確かな返事に恃む


  東 京 雁部 貞夫

雪五尺積もりし津軽の枯木平今宵の宿り嶽の湯近し p3
時おきて屋根より落つる雪の音ヒバの湯舟に濁り湯を浴む


  さいたま 倉林 美千子

レイアウト終へて灯の下に確認すこの充実を知る人のなし p3
没頭の時を惜しめり没頭の時に耐へ得ず辞めゆくものを


  東 京 實藤 恒子

わが体調のやうやく戻り病みいます先生を心に荒川を渡る p4
せなまるめ病み臥しいます先生に会ひ得て寂し痩せたまひたり


  四日市 大井 力

川に添ふ畷(なはて)の道の月あかり西に蛇行の川が光れり p4
一株ひと株雪の田面に影を引く穭穂が立つ月の明りに


  小 山 星野 清

薄化粧してふくよかに納まれば掛けし言葉に返るかと思ふ p7
農を詠み病ひを詠みし数々の歌に実(じつ)ありき汝が父に似て


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

生き残る小蝿の命を奪ふ時何と愉快な手を打つ響きよ p8
上下(うへした)に交差してゆくジンベイ鮫水槽の中は狩りなきバランス


  取 手 小口 勝次

秋田への赴任の前夜泊まりたる湖畔の宿に懐かしみ寄る p11
酸強き玉川温泉流れ入り田沢湖固有の国鱒(くにます)絶えき


先人の歌


齋藤茂吉の歌 『白き山』『小園』より

終戦ののち一年を過ぎ世をおそる生きながらへて死をもおそるる
山茶花は白く散りたり人の世の愛恋思慕のポーズにあらず
さしあたり吾にむかひて伝ふるな性欲に似し情の甘美を
ひる寝ぬることを警めし孔丘は七十歳にいまだならずけむ
生きながら果敢なき歌を発表す行くも帰るも見ぬふりをせよ

 茂吉最晩年の歌に属する。このように生を終わらんとする時期を知りつつ正直に死を恐れ、揺らぐ自身の姿を独特の視点で捉えている。自らの内部を写生、凝視している独特の目がある。やはり茂吉は近代短歌というか文学の先駆者であった。いま北陸関東大震災に国中がゆれている。その今でも通用する三十一文字である。

                     

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