作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成23年5月号) < *印 新仮名遣い>


  大 阪 和久井 奈都子 *

大丈夫強い気持ちでいきましょう先輩の声が胸熱くする


  白 山 上南 裕 *

この次はあれを直してこれも直す俺は歌には前向きなのだ


  高 松 藤澤 有紀子 *

中東のシュプレヒコールが聞こえぬか聞えぬ渋谷の街は今日も平和なり


  宝 塚 有塚 夢 *

愛のカタチだなんて簡単に言わないで角砂糖のごとくもろいものに





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

釣り人のうちたる糸はみずうみのひかり乱せり二月のひかり
住む人のなき家うちに春のひかり雛人形を箱より出だす



  横 浜 大窪 和子

応募して来しは音なき世界に居て静かなる笑みを湛ふる一人
筆談の指示にも慣れしか旋盤工に本採用せむ意見出始む



  那須塩原 小田 利文

何時の間にか吾の布団にもぐりゐる菜月に温し雪の朝も
雪にまろき岩の陰よりあらはれて白鷺は立つ雪なき岩に



  東広島 米安 幸子

わが不安を告ぐれば友は大らかに常に変はらぬ判断下す
雪の野をわつと飛び立つ川原鶸桜の梢にきささげの木に



  島 田 八木 康子

近づけば河津桜の明(あか)き花おほかた俯く形に開く
見上げゐる我に向かひてほころべり河津桜は今年も色濃く



選者の歌


  東 京 宮地 伸一

わが娘父われの病床に付添へりこの喜びは知らざりしもの
しみじみと由美子の顔を見つめたりさて下の句を何とつけむか


  東 京 佐々木 忠郎

異常気象に介護サービス反故となり窓に凭れて荒るる空見る
北極の狐も熊も棲(す)めなくなる氷山融けて海に流れて


  三 鷹 三宅 奈緒子

永田洋子死すといへば愕然と遠き世界がたちまち帰り来つ
若者らのかの狂気いまいづこにか長き長き世をへだつるごとし


  東 京 吉村 睦人

かの辛き悲しき時が今にして思へばわれの青春なりき
願ひごと持つにやあらむ七福神めぐると言ふにわれも従ふ


  奈 良 小谷 稔

氷る道を気遣ふ勤めも今はなく雪払ひ見る千両の朱
ひそかなるわが楽しみの一壜は忍冬(すひかづら)の花浸したる酒


  東 京 雁部 貞夫

処女作を「晩年」と名付けしその時の太宰の心を思ひみるなり
ひと誘ひ宵の酒場へ入ることも稀となりたり吾が晩年か


  さいたま 倉林 美千子

遠き日に住みたる街の匂ひして家々の屋根に雪降り積もる
声ならぬ声を聞きわが立ち止る街路に雪のいよいよ激し


  東 京 實藤 恒子

恒様の快気祝だふぐを食はむいざお出ましを電話の声は
この年も湯島の梅を見ふぐを食(たう)ぶ共に命ののぶる思ひに


  四日市 大井 力

孟宗の林の中の一本道真向うは朝焼けの雪の釈迦岳
雪明りする窓の下目覚めつつふと詠み終へむときを思へり


  小 山 星野 清

星三つ映る中継の小さき画面まれまれに人の声の聞こゆる
確認せるイトカワの微粒子千五百発表されて予算よみがへる


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

北を拓きし兵が連綿と植ゑつけし防雪林の百年は単純
彼が彼を揶揄してゐるぞささやかな充実が来たざまあみやがれ


  取 手 小口 勝次

八戸の港の朝市店多く地元の主婦らに混じりて購ふ
雪白き橅の林に沿ひてゆく奥より宿の湯の香ただよふ


先人の歌


宮地伸一歌集『町かげの沼』

幾分か誇張ある新聞の報道も沁みて読むらむわが父母は(昭18)
どの国も教師らはかく貧しきか列乱れ風の立つ坂くだる(昭22)
日本語の表記やさしくまとまらむ時を恋ひつつ作文を読む(昭23)
やうやくに一生(ひとよ)定まる思ひにて妻のうつむく顔を見てゐし(昭33)
子らのためナイフあたためパンを切る怠り過ぎしひと日の夕べに(昭35)

 4月16日に亡くなられた宮地伸一先生の第一歌集より抽出した。昭和39年白玉書房から刊行された。一読をお勧めする。現在、短歌新聞社文庫に入っている。解説雁部貞夫氏。

                     

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