作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成23年8月号) < *印 新仮名遣い>


  白 山 上南 裕 *

父にさえ漏らすなと色の調合を初代は遺す暗号書にて



  高 松 藤澤 有紀子 *

ある(あした)さなぎとなりぬ青虫は食べかけのキャベツと糞を残して



  宝 塚 有塚 夢

「哀しみ」の出元を知りたしその先の果てを知りたし意味を知りたし





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

指くわえ立てるは君の御孫か白きリボンの喪章を胸に  悼宮地伸一様
てのひらに豆腐をのせて切るみ歌うかびて今にみ力たもう


  横 浜 大窪 和子

宮地先生の遺影に長く黙祷すわれら六十人広島特別歌会に
元安川を飛び立ちし鷺のくろき影原爆ドームの梁を歩める


  那須塩原 小田 利文

放射性物質の舞ふ風向きに今日はあらずと公園に遊ぶ
子をつひに避難させむか猛毒のプルトニウムまで出でしと聞きぬ


  東広島 米安 幸子

抜く草の嵩たかくなるころあひに平常心を取り戻したり
目覚むるまで帰らぬやうに念を押す熱に潤める眼をして孫は


  島 田 八木 康子

長き旅やうやく果てて夕映えの岸に凪ぎゐる(うみ)を見てをり
しばらくは何も思はず考へず一つ予定も無き日うれしく



選者の歌


  東 京 佐々木 忠郎

宮地先生(いま)さぬ全国歌会近付きてベッドに祈る良き会なれと
大地震(おそ)はば襲へ歩行叶はぬ吾はベッドに(いのち)預けつ


  三 鷹 三宅 奈緒子

おのが身を祈るにあらずこの国を祈れり今日は会堂に来て
追悼の拙き文を書きつぐといくにち君の()を面かげを追ふ


  東 京 吉村 睦人

土屋先生の厳しき選にたち向かひ勢ひありきかの頃のアララギ
甘き選者の甘き選に蝟集するなどと言ふことよも無かるべし


  奈 良 小谷 稔

国の勧めし植林の檜くらく茂りふるさとの恃む谷水痩せぬ
兄の気負ひし植林は何枝打ちもできず年々荒れてゆくのみ


  東 京 雁部 貞夫

神田界隈ホテルはどこも満員か(おほ)()()すぎし街辿りゆく
部屋中のクッション集めて寝ねんとす余震の事はさもあらばあれ


  さいたま 倉林 美千子

五味門の兄といふのみの関はりに五十余年の淡き交はり  宮地先生追悼
葬りより帰りて亡き人を数へゐき風遠く吹く春の夜更けて


  東 京 實藤 恒子

野菜出荷の制限出でし多古町に病臥の友夫妻いかにかいます
予想つかぬ自然となりし究極は不遜なる人間のエゴにてあらむ


  四日市 大井 力

避難所のマイクに津波を報らせつぎ流されゆきし処女子(をとめご)ひとり
反対の者遠ざけて築きたる体制がいまほころぶときか


  小 山 星野 清

東京都が水道水の放射能言へば各地より発表が継ぐ
標的とならば大量の放射能飛び出でむ原子炉が日本に五十余基


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

(しづ)る雨に水銀灯は北に延び春は煙りて街を点しぬ
さあご自由になさいませヒト属の一生など地球には一瞬


  取 手 小口 勝次

わが里の諏訪に学びし先生の湖水を眺むるみ姿浮かぶ
先生の葬りに並び立つなかに携へ来られし諏訪の人々


先人の歌


松野谷夫の歌 (『松野谷夫全歌集』より)

一年一作の帯織る妻よいとせめて夏の若葉の色に若やげ
人間の生死の境より放たるる如き思ひにCT室を出づ
自らの死をもて終るほかはなき長き戦後をひきずりて生く
杖ひきて歩み努むる人のありしばしためらひ我は追越す
佐賀錦織るに苦しむ日も知れど今日楽しげに糸染むる妻

略歴
1993年9月72歳で逝く。朝日新聞北京支局長、編集委員、「アジアレビュー」編集長等。中国現代史に通じ「周恩来とその時代」「遥かなる周恩来」等の著がある。作歌はアララギ会員で土屋文明に師事、師からも認められた。歌集に『急報鈴』『晴天の雲』『妙正寺池』等。夫人は著名な錦織作家。夫人の飼うカナリヤを詠んだ恐らく土屋文明のただ一度の俳句に〈カナリヤも錦の色に啼きにけり〉が残されている。

                     

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