作品紹介

若手会員の作品抜粋
(平成23年9月号) < *印 新仮名遣い>


  白 山 上南 裕 *

老眼鏡を掛け外しする作業者に若い上司は声荒(あら)らげる



  大 阪 黒木 三都 *

夕凪にいつもの角を曲がりたれば引越しのトラックが日の光浴ぶ



  高 松 藤澤 有紀子 *

ある朝耳すっきりと目が覚めて喜ぶ夢を幾度も見ぬ




  宝 塚 有塚 夢 *

一割を削減してもなお明るい眠らない街に終わらない夜




  大 阪 和久井 奈都子

思春期に悩む子達に耳傾けてたまには我をも聞いてと思ふ





(以下 HPアシスタント アイウエオ順)

  福 井 青木 道枝 *

来てみれば昼しずかなる福井駅まえ百合樹(ゆりのき)の並木の青き茂りよ
ひとの手の届かぬ高きに色あはく天に向かいて百合樹の花


  横 浜 大窪 和子

「不安」といふ画題にひしやぐる時計描きし中学生の娘よ何思ひ居し
大震災を天罰と言ひし知事の息子脱原発をヒステリーと言ふ


  那須塩原 小田 利文

金色堂描きし切手の消印は「23.3.11」ぞ嗚呼
音楽も聴かず小説も読まずなりぬ非日常なる日常続きて


  東広島 米安 幸子

当番のわれを励ます君の声画面に読みし朝を忘れず
裏に表に書きて給へる葉書には「強くなるべし」雉の鳴く日に


  島 田 八木 康子

艶やかに光を浴びて萌ゆるこの茶園にもセシウムの風評が立つ
フクシマより静岡市までセシウムの及びしデータつひに現に



選者の歌


  東 京 佐々木 忠郎

宮地先生衰弱著(しる)く遂に遂に肺炎病みて此の世去り給ふ
九十歳と四か月余(よ)の生終へましき残らむ日日を吾にも賜へ


  三 鷹 三宅 奈緒子

北のまちの職辞して上京せしときのつひの少女らなり今日はあひ会ふ
被災せし人らも加はるつどひにてこもごもにその日そのときを言ふ


  東 京 吉村 睦人

地震国は原発造らず地熱利用の発電こそが最も相応し
憲法に保障されたる居住権損ふ様な物は造るな


  奈 良 小谷 稔

湖(うみ)北の村はづれなる道の駅親しなつかし藁束を売る
見下ろしの湖になだるる万緑の中にほのぼの朴の白花


  東 京 雁部 貞夫

アララギを救ひ得ざりし戦犯の「われはB級」と先生言ひき
最上川源流の吊橋踏みしめて君は去りたり終の旅にて


  さいたま 倉林 美千子

山間と麓の気温差それぞれに捉へて人は米作り来ぬ
鴨山を此処と定めし茂吉の意気思ひはかへる盛んなる世に


  東 京 實藤 恒子

日本語を文語を護りし二人亡し嗚呼片山貞美宮地伸一
片山氏の葬儀に共にゆきにしが二年六か月後に先生も亡く


  四日市 大井 力

地球生誕の焔(ほむら)の色を空想し人力を超ゆるものを思ひぬ
平和利用と耳障りよきに酔ひしれて核を侮り時過し来ぬ


  小 山 星野 清

一号炉炉心溶融確認のニュースはふた月を過ぎてやうやく
幻の安全を日々唱へゐし専門家らは近ごろ見えず


(以下 HP指導の編集委員・インストラクター・アドバイザー)


  札 幌 内田 弘

伝はらぬ心のままに諾へば回旋塔に灯りが点きぬ
無視すべき彼を庭の牡丹の前長く激しく憎んでゐたり


  取 手 小口 勝次

佳き日あり苦しき日ありし五十年語り合ひては杯を交す
筑波嶺の麓の宿にも震災の傷あり露天の風呂に入れず


先人の歌


土屋文明「天の川」   歌集「山下水」より

宵々の薄明につづく山の上のあやしきひかり天の安川
谷せまく山にかかれる天の川ひかりはおつ黒き彼方に
とざしたる豆の葉ずゑの夜の露いつわが庭の秋となりたる
虫のこゑいまだ少き草むらに老いてすがれる蛍がひとつ
夜とともに澄む空深く光あり二つに目だつ天の川すぢ

歌集「山下水」の歌。終戦の夏、昭和二十年と二十一年の作が収められている。土屋文明は東京の戦災で家を喪い、群馬県吾妻谷の川戸に疎開して畑を作りながら戦後短歌を精力的に牽引した。この作は以前に掲載したかと思うが折から初秋なので掲げることにした。「あめのやすかわ」は天の川の別名で「古事記」にもある。二首目の「おつ」は「落つ」。五首目がとくに格調が高い。

                     

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