作品紹介

選者の歌
(平成25年5月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

かすれたる低き声をおのが声として残りの生(よ)をば生きつがむとす
歯切れよき幸田文のエッセイをひさびさに読むひと日ベッドに


  東 京 吉村 睦人

気になりし税申告を終へて来て目につく即ち桜餅買ひぬ
今日来れば君の奥つ城の要の木いたく茂りて墓石覆ふ


  奈 良 小谷 稔

山育ちの身は不器用に年重ね夜の明るき街に遊ばず
古書店も足遠退きてネットにて手にする百の『新方丈記』


  東 京 雁部 貞夫

この山の写真一枚前にしてルート論じき夜の更けるまで
南はインド北はパミールの分水嶺テントに過しき雪の幾夜か


  さいたま 倉林 美千子

吾にさやりて過ぎし人らの次々にこの夜雪降る窓に訪ひ来る
一片の雲が水溜りを過ぐるまで見とどけて吾は吾にかへりぬ


  東 京 實藤 恒子

凛とせる空気をまとひ明時の霜柱踏むこの年の一歩を
くがねに染め多摩の横山を出でむとする日輪君亡き再びの年の


  四日市 大井 力

開胸をされて血管を換へて貰ひ二冊目か五年連用日記
雪止みてうす青く暮れてゆく奥の山裾だいだい色に点す集落


  小 山 星野 清

硫気立つ狭間を来れば木々を背に茂吉の歌碑の赤き石見ゆ
思ひつきて石坂をゆきし報いならむ杖持ちし右の手首が痛む



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

この五年に君に何があったのか「歌は漫然とつづけるのみ」と
Rhein(ライン)より飛び来る鴎を窓に見しみ歌いつよりかわが胸に生く


  札 幌 内田 弘

パソコンが固まつて私も固まつて世界も今だけ固まつてくれ
大寒を越えて降る雪が街包み車も音も止めて眠りぬ


  横 浜 大窪 和子

核廃棄物の再利用も廃棄もできぬまま原発稼働などあまりの暴挙
床に入ればおのづと眠りに落ちてゆく夜更けのわれの小さき仕合せ


  那須塩原 小田 利文

施設閉ぢむ仕事に追はるる塩原の今日も昼より雪となりたり
単身赴任迫ればいとし幾たびも吾が腹を蹴る子の寝相さへ


  東広島 米安 幸子

霜降りて冷えゆく夜明けに鳴く雉子(きぎす)いまだをさなさの残る声にて
「独自な歌を」「深くゆたか」に「のびのび」と光春めく野の辺を歩む


  島 田 八木 康子

会ひたしと走り書きある葉書来ぬわが投稿歌の心に触れて
すがるごとく空想に心遊ばせて己を支ふ昨日も今日も



若手会員の歌


  尼 崎 有塚 夢 *

顔と歌、字、音、文面、絵の勢い、どれをとっても内面が出る
「女子会です」と話せば「仕事のグチですか」あなたとはちがう一緒にするな


  奈 良 上南 裕 *

受注減り操業短縮の噂流れ求人広告を回し読みする
残り湯で油まみれの作業着を洗いて今に足りいる吾か


  高 松 藤澤 有紀子

配られし「体罰防止マニュアル」に思わず叫ぶページの多さ
忘れ物を注意するにも気を遣い優しくたしなむマニュアル通りに



先人の歌


歌集 「花の木」 岡崎ふゆ子  より

今にして思へば吾も若かりき一途にひとに潔癖にして
幸は手にもたまらず過ぎゆきて苦しみ越えし過去長かりき
思ひ切り家庭を出でて苦しみきわが六人の子をひき連れて
垣根ごし隣の犬を覗見して心をどらすわが一年生
つながれしコッカースパニエル取巻きて有頂天なる子供三人
何にわが心寂しむトランスをのせしセメントの電柱見つつ
母を呼ぶ子供の声と犬の声街の夕べのざわめきの中

 私は昭和五年アララギに入会し、最初中村憲吉先生のご指導をうけました。中村先生ご逝去の後は、土屋文明先生に師事し、先生にはいつもいつも叱られていましたので、今でも身にひびく鞭の音を感じます。然し先生なればこそ叱って下さり、それなればこそ今日の私がある(たいしたものではありませんが)という有難さも思い知られるものです。
                    『花の木』後記より

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作者、岡崎ふゆこについては、三宅奈緒子『アララギ女性歌人十人』に詳しい。 同じく『新アララギ』2001年3月号に『「女性歌人における社会詠(二)」岡崎ふゆ子の場合』がある。

                     

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