作品紹介

選者の歌
(平成25年12月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

十勝野をゆきゆきて北の今日の会会ひ得ず君にはその笑顔には
君のみたまに黙祷し始まる今日の会かかる成り行き思ひたりしや


  東 京 吉村 睦人

夕日なほそこにあるかと思ふまで輝きてゐる一つ雲あり
先入主ありて読まざりし姜尚中(カンサンジュン)読みはじめれば引き込まれゆく


  奈 良 小谷 稔

入院の部屋運のよく西の窓に夏霞濃き二上の山
エアコンにナースに日々を護られて節(たかし)のごとく蚊には悩まず


  東 京 雁部 貞夫

吾が町の文化支へし画廊「コブ」六十余年の歴史閉ざすか
暑き日はここを選歌の場所とせり桜ジェラートの香を楽しみて


  さいたま 倉林 美千子

ケーゼ(チーズ)山ほど擂りてグラタンを作る良子箆に返せる腕(かひな)たくまし
久しぶりに香ばしき今日の厨かな夫がいそいそとテーブルに着く


  東 京 實藤 恒子

水門を入りゆく船の立つる波大き幾重か朝の光に
焦れつたき思ひに臥しをらむ誰よりも歌に一途にありし君ゆゑ


  四日市 大井 力

結局はみ子の許へとゆくのかと惑へる一首他人事ならず
世の中に目隠しをして歌を詠みそして縋るを皆わらひあふ


  小 山 星野 清

隣る席のみどり児は何語を語らむか父母はそれぞれの言葉にあやす
欠席を告げしに天気は持ち直しあたかも少年の日のずる休み



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

汗拭きのよれよれの手ぬぐい腰に下げ歌集『氷塊』差し出したまえり  悼笹原登喜雄様
「昨年の全国歌会はドタキャンでした」賀状に残る強き筆跡


  札 幌 内田 弘

鉢に生まれ俊敏に飛びゐし猩々蠅夕日に眩み我に打たるる
蟻地獄の薄羽蜉蝣への変身を生まれ変はつて来世でやらうか


  横 浜 大窪 和子

地下深くエスカレーターに運ばれゆくこの都市(まち)に穿たれし駅の一つに
オリンピックの招致決れり作りものめくプレゼンテーションに不安残れど


  那須塩原 小田 利文

セシウムを垂れ流す国の若者が食堂の醜態をネットに曝す
子らと行きし美しき里に続く道は放射能汚染に遮断されたり


  東広島 米安 幸子

生温(ぬる)き空気なれども九月中旬ペガサスの四辺形頭上にかかる
ひむがしに大犬子犬もオリオンもしかと見しかば寝ねむ再び


  島 田 八木 康子

枝詰めしレモンたちまち萌え出でて噎せむばかりに香りを放つ
あの虹に突風よ吹け七色の光のシャワーとなりて降り来よ



若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

仕事場の隅に置かれた常緑の木に気付きしは二年目のこと



  所 沢 斎藤 勇太 *

自らを理解するため分析をすればするほど己分からず



  尼 崎 有塚 夢

黎明とあけぼの暁いまはどの夜明けにあたるか私は行く



  奈 良 上南 裕 *

木の陰に車を停めて仮眠する勤務シフトの変り目なれば



  高 松 藤澤 有紀子 *

テロの日に産声を上げし吾子が今かの日の映像をじっと見ており




先人の歌


吉田正俊 第八歌集  『朝の霧』より

こころ配りいつくしむ鉢は花芽見ずかくのごときか人の世のこと
国後島すぐそこに見えとまどへる思ひは人に告ぐべくもなく
ひそやかに語る会話に入り行かぬは耳遠くなりし故のみならず
民主主義は数なりとたはやすく人の言ふさうかも知れぬ単純はよし
石すらに雨水保つまで窪み雀ら寄り来て嘴ぬらす

1902−1993 大正-平成時代の歌人。
明治35年4月30日生まれ。大正14年「アララギ」に入会,土屋文明に師事し,のち選者,発行人。人生をみつめて詠嘆のふかい歌をよみ,昭和51年「流るる雲」で読売文学賞,63年「朝の霧」で迢空(ちょうくう)賞。平成5年6月23日死去。91歳。福井県出身。

                     

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