作品紹介

選者の歌
(平成26年1月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

はやばやと一年は過ぎなほ吾は病む足曳きて家ごもりゐる
昔恋しき童謡いくつ唄ひつぎこの一日のリハビリ終へつ


  東 京 吉村 睦人

懐かしき玩具を売りゐる店のあり樟脳にて水の上を動き回る舟
雨樋に草生ひをりてこの家に人はすでに住みをらぬらし


  奈 良 小谷 稔

人らみな黙す電車は心安し声出ぬ吾もそれと知られず
木蓮に返り花ありわが声のもとに返るをいつと待つべき


  東 京 雁部 貞夫

ゆくりなく京都にて見し御堂関白記氏の長者も裏紙に書く
目の前に道長の真筆をわれは見る千百年の時空を超えて


  さいたま 倉林 美千子

滞空時間を過ぎてニュースに事故機なし二人はスイスに帰り着きたり
子等帰り夫は寝ねたり吾はわが部屋に籠りて雨音を聞く


  東 京 實藤 恒子

その生の終りまで月並を打倒して成ししか子規の糸瓜の三句
子規の齢を倍以上生き類型を脱する覚悟をもち続けきや


  四日市 大井 力

豊作の祈願に神を呼ぶ祀り古里起しとせむ心諾ふ
雪深き村の祭に神の声聞かむとしたる学者もかなし   釈迢空


  小 山 星野 清

晴れ渡る朝の庭に透る声ジョウビタキならむ木々を移れる
三十年この家に住みて初めての守宮も温暖化の証なるべし



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

北陸線の乗り換えホームにこの夜更け黒人女性ひとりたたずむ
夜の風にふたことみこと交せるに澄みゆくこころ言葉というもの


  札 幌 内田 弘

羽平らめ秋のアカネが欄干に止まつてゐるから街は昼なり
連なりてトンボが行く行く茜空何処の水を恋ひてか連隊


  横 浜 大窪 和子

宝永より三百年を経しといふ富士山噴火のシミュレーションまざまざし
更級日記に書かれし富士の噴火のさま若き日教室に驚きたりき


  那須塩原 小田 利文

ネクタイ締め雇用開拓に吾が歩む若者らあそぶプールサイドを
野萱草描きし切手に思ひ出づ週ごとに手紙交しし頃を


  東広島 米安 幸子

山わたる風の恋ほしもわれを呼ぶ父母の声のせて吹きくる
日本も「核不使用声明」に賛同す被曝者達の声届きしか


  島 田 八木 康子

「土をもたぐる白きうなじ」と発芽詠む歌あり何か蒔きたくなりぬ
刈り込みし土手に見る間に伸び立ちて曼珠沙華咲く彼岸となりぬ



若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

この国の誰もが喜ぶ草津の湯フランス人の友も喜ぶ



  所 沢 斎藤 勇太 *

中学の頃に購いし筆入れは古くなったがいまだ現役



  尼 崎 有塚 夢 *

おだやかになりたる風と我が心六・五畳の無限の世界



  奈 良 上南 裕 *

ジグザグに並ぶ設備をすり抜けて運ぶ素材にラインをつなぐ



  高 松 藤澤 有紀子 *

歯の抜けし口元隠すこともなく笑いし頃の面影いずこへ




先人の歌


桑の葉の青くただよふ朝明けに堪へがたければ母呼びにけり  斎藤茂吉
意地悪と卑下をこの母に遺伝して一族ひそかに拾ひあへるかも 土屋文明

 茂吉も文明も伊藤左千夫門の兄弟弟子ですが実母の死別のときの歌はこんなにも違います。茂吉はこの世にすでにいない母をひとり桑畑にでて子供のように呼んでいます。純一な悲しみ、純一な慕情です。
 それに対して文明では、母の醜い性格を容赦なく暴いています。そしてその批判は自分たちの性格に向けられています。遺伝という人間の内面から人間を見つめています。このように捉え方、ものの見方はその歌人の人間性によってさまざまです。

                     

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