作品紹介

選者の歌
(平成26年3月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

若きらにいたはられつつ昼のまちに年終ふるつどひ持たむとぞする
一人住みてかの北のまちに経し勤め老いたるいまの吾を支ふる


  東 京 吉村 睦人

幼子の眠りし夜半に宿借りはかすかな音を立ててをりたり
老いたるを無視するならず老いゐるを前提としてのわれの日々なり


  奈 良 小谷 稔

人住まぬ冬野の家の庭に見る鹿の足跡は竜在を指す
声帯を病みて癒えたるこの秋の喜びに踏む竜在の道


  東 京 雁部 貞夫

日本最低山天保山の土を踏む標高四・五米二等三角点あり
大阪は食ひ倒れの街切りもなく酒肴出だす主は元クライマー


  さいたま 倉林 美千子

たわわなる山梨を摘む友の手に尾根越えてくる風花が散る
もう直ぐに麓も雪になると言ふ熟れし山梨を抱へ来たりて


  東 京 實藤 恒子

日本にても極北にても堪能せし彗星こたびはいとも儚し
オーロラに会ひに幾度か就中彗星に翻弄されたる一夜


  四日市 大井 力

この国に唯一実存の紀州家の砲弾を測りし百貫秤
増税が狙ひの秀吉検地枡少し小さめにしつらへてある


  小 山 星野 清

体調も気力も医師の掌の中か処方変はれば今日やる気あり
権益につながる証まざまざとのたまふか原発は国の根幹



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

先生の隣に座りし日のありき節立つ農のその御(み)手を見つ
わが家(いえ)まで二百歩の道と言う母よ陽にあゆみ来よその二百歩を


  札 幌 内田 弘

原発が果てなく汚染水垂れ流すそんな時にも星は瞬く
子等の足が兎のやうに跳ねたから消さずに残さむ今年の初雪


  横 浜 大窪 和子

秘密保護法成立せしめし政党のこの強引はかの国に似る
内に外に国滅ぼさむ政策成る原発再稼働秘密保護法


  那須塩原 小田 利文

胸痛を覚ゆる程のストレスに耐へて働くもあと五年となる
昼のメニュー伝へてたわいなきメール離れて暮らす妻よりのもの


  東広島 米安 幸子

奥山の木の間隠れのまゆみの実かなしきまでに淡きくれなゐ
竜在へ往きてかへれば掃き清め峠の家の主去りゐつ


  島 田 八木 康子

福竜丸事件はるかと思ふ日にかの人との血筋明かせり子の担任は
結婚も子を持つ夢も断ちし日の心を告ぐる声のおだしく



若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

さまざまなイルミネーションで光る木の間を通りココアを一口



  奈 良 上南 裕 *

目覚ましを夜の六時に切り替えて昼夜逆さのシフトに入る



  高 松 藤澤 有紀子 *

あいまいな笑みをくり返ししうちに心まであいまいになったか我は




先人の歌


赤土

やすやすと抱(いだ)くフランスの映画見て妹とおそく帰り来にけり
心疲れて明るき部屋にひとり居り時にうとましく時にせつなし
なまなまと赤土の崖切られしをやすらふ思ひに見つつ歩めり
萌え出でて淡き緑に朝の日の冷たきまでにさし透るなり
夕餉終へてしばらく父にもの言へばつひに事なきわれかと思ふ

*柴生田稔『春山』昭和8年から。(一部、ルビ省略)

                     

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