作品紹介

選者の歌
(平成26年10月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

三分裂せし日の嘆き思へばいまのこの一身の成り行きなど小さし小さし
しほしほと帰りて来しが何かあらむわれはわが晩年を生きつくすべし


  東 京 吉村 睦人

「国民の手に憲法を取り戻す」ここにも言葉のトリックがあり
「絶対的平和主義」「憲法を国民の手に」正反対のことを臆面もなく言ふ


  奈 良 小谷 稔

住み古りしこの秋篠に変るなく田植機の泥に濡るる舗装路
大型の台風事もなく去りて農小屋を縛りしロープを外す


  東 京 雁部 貞夫

城山の頂き近き文化館木の香新し飛騨の匠(たくみ)の芸(わざ)を伝へて
瓦屋根多き町筋見下して歌きそひ合ふ飛騨の友らと


  さいたま 倉林 美千子

二年目の白き胡蝶蘭ほころびぬその唇弁のかたち不可思議
花ぴらの中に現はるる唇弁を吾(われ)が覗く夫が覗く声をひそめて


  東 京 實藤 恒子

歩きよき道にかはりて半夏生の穂花の揺るる白き池の辺
外つ国の文字多きホテルの篠竹に短冊をつけ二人の星祭


  四日市 大井 力

おもむろに夕焼雲の褪せてゆく梅雨の西方みとれてゐたり
父母が世を終へし齢を思はずに生き来て気付く迂闊にもいま


  小 山 星野 清

夕べ六時の「子供の時間」に親しみし村岡花子を今にまた知る
夕づけば遊びを止めて家にもどりラジオの「子供の時間」待ちし日



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

アスファルト剥がしドリルの音ひびき靖国通りには深夜の労働者
外濠の暗きに向かい電車待つ水のにおいのなまなまとして


  札 幌 内田 弘

炎炎とビルのかなたの落暉みて寂しすぎるぞ足向く路地は
食はむ肉を宙吊りにして燻しゐる屋台の中華屋油ぎつてる



  横 浜 大窪 和子

直向きに一球を追ひ直向きに負けし若者らわれはいとしむ
四本の地対空ミサイル宙に向けて立ち上がる映像を幾たびか見つ



  那須塩原 小田 利文

点眼薬さす母の顔が甦る赤きキャップを外さむとして
集団的自衛権行使は日本の民に運ばむ巻き添への死を


  東広島 米安 幸子

川幅を狭むる茂みに茎伸ばし武蔵野きすげ咲きにほふなり
をりからの「山本有三と国語」展ああ懐かしき教科書がある


  島 田 八木 康子

起きぬけに庭に降り立ち紫蘇を摘む光を通す柔らかき葉を
雨はれし庭に草引く指に乗る糸屑ほどのカマキリも友




若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

外見つつココア飲むのが好きなのに今日はあの席に誰かが座っている



  東 京 上  かの子 *

水たまりにポツンと落ちた雨粒はコンバス無しでまんまる描く



  松 戸 戸田 邦行 *

ありがとう君のおかげで父さんも一人前の親になれたよ



  尼 崎 有塚 夢 *

天も地も星敷きつめたる夜だから瞬く光になりたし人も



  奈 良 上南 裕 *

しけた部屋に長居は無用とイエグモが玄関より去りてゆきたり



  高 松 藤澤 有紀子

寝ころびて空見上げても一向にすわれていかぬ不惑の心は




先人の歌


長塚 節(たかし)の濃霧の歌

ゆゆしくも見ゆる霧かも倒(さかしま)に相馬が嶽ゆ揺りおろし来ぬ
はろばろに匂へる秋の草原を浪のはふごと霧せまり来も
ひさかたの天つ狭霧を吐き落す相馬が嶽は恐ろしく見ゆ

明治41年9月11日、群馬県の榛名山を越えたときに濃霧に遇う。
木曽の御嶽山の水蒸気爆発の映像を思い合わせて鑑賞するのもよいと思う。「ゆゆし」は不気味で近寄りがたい恐ろしさの感じ。その巨大な怒涛のような霧が山肌を揺るがすような迫力で下りて来る。嶽ゆ「ゆ」は・・・より という意味の助詞。御嶽山のすさまじい映像をみたので参考のために挙げた。

小谷 稔  (新アララギ選者)

                     

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