作品紹介

選者の歌
(平成26年11月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

わが父を慕ひ下さりし木田元氏逝きたりと今日のニュース寂しく
父を父の思想を知れる人々の少なくなりてゆくを思ひぬ


  東 京 吉村 睦人

貧困層が多ければそれだけ徴兵がしやすくなると言ひをるといふ
沈黙は同意とみなし反対の声は騒音と見なす現政権は


  奈 良 小谷 稔

熊手にて老いそしめり白砂に一葉残さぬ長き参道
烏瓜の花固く閉づる道暑しヒロシマに災ひありし今日の日


  東 京 雁部 貞夫

千曲川の崖の底なる「穴城」か山本勘助縄張りの城
近々と北の浅間は煙はく裸百貫の貫録見せて


  さいたま 倉林 美千子

二十一世紀跡形もなく消えし一機ただ海は荒れ空は暗みて
スイス航空は大丈夫と子の帰りゆくロシア上空を無事に過れよ


  東 京 實藤 恒子

真青なる空よりきたる風颯爽いまの不穏を吹き去る力を
この平和を崩さむとする現実にわが格闘する万葉の一首


  四日市 大井 力

要衝といふ地の持てるかなしみを否応もなく島国の負ふ
覚悟して保ちゆくべき平和といふ移ろへる世に向き合ひながら


  小 山 星野 清

高齢者の事例多しと手術奨めよきことを言ふこの若き医師
長生きをせねば知らずにゐたる苦を永らへて見し例(ためし)も思ふ



運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

泉が枯渇するように消えゆくか否か三宅選者いまさぬ後は
ベレー被り杖ひき今はふり向かずひとりの部屋へ帰りゆきたもう


  札 幌 内田 弘

人の声を運ぶ風がビル壁にぶつかり谺の真夜中零時
それぞれの傷を隠せど曝しゆく人らの群れの表情は散漫


  横 浜 大窪 和子

風に吹かれ落ちたるままに乾くシャツうつ伏すわれのかなしみに似る
屈託を見せて離れる背を送る横浜駅前の動く歩道に


  那須塩原 小田 利文

盆の日に汝が孫も仏前に手を合わせをり見守り給へな
戦火とは縁の無きわが半世紀憲法九条の恩恵と言はむ


  東広島 米安 幸子

音のなき雷の光が闇を裂く「命守れ」の警報は無し  午前二時
夫に娘に縁深かる町の惨事画面みつめて動けずにをり


  島 田 八木 康子

何処にも行かず誰にも会はぬこの日々か心ゆくまで気の済むまでを
花殻を摘む傍らの芝の上翅を畳むはアサギマダラか



若手会員の歌


  東 京 上  かの子 *

晴天に白いチョークで線を引く人気の絵描き空の飛行機



  東 京 加藤 みづ紀 *

快晴の空を彩る登山者のはずむ心とカラフルリュック



  松 戸 戸田 邦行 *

赦すという祖父のテーマが重すぎて心と頭は背中合わせに



  尼 崎 有塚 夢 *

山椒と灸は似ている小さけれど奥に響くはほんまのことや



  奈 良 上南 裕 *

こめかみの疼きにあごを鍛えんと口いっぱいのだしじゃこを噛む



  高 松 藤澤 有紀子 *

淡路島はさすがに広し行けど行けど変わらぬ海岸線のこの長さかな




先人の歌


長森光代の歌『蝋涙』より

寂しすぎると気づかふ我に耳かさず夫は雪ふる河を描きをり
モチーフにするなら貸すと少年は画室に生ける蝶を放ちぬ
きみを慕ふ何千の中のわれの声いよよ届かぬ国に去り給ふ
み心にそぐはぬ歌も作りしが憐み給へきみを目標としたる苦しみ
薬飲まむ眠らばものを思はざらむ逝きし娘に逢ふ夢も見む
新宿駅さして五歳の迷ひ子のわれ歩みゐき父母を探さず
シクラメンにリボン結びて訪ね来し子よ口重きことは変らず
いく度か絶たむとしたる命生きて描きし十五点わが子の個展
この国も街も己も捨てきれず生きてゐる雑踏のなか歩いてゐる

長森光代は、昭和十四年十七歳にて「アララギ」入会、土屋文明の指導を受ける。以後平成九年十二月まで「アララギ」会員(平成五年より「アララギ」選者)

                     

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