作品紹介

選者の歌
(平成27年1月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

「やるつきやない」強き意志一すぢに貫きて清くすがしき一生(ひとよ)なりしか 土井たか子氏を悼む
「歩く九条」とはまさにその人の歩みにておのが思想に殉ぜし一生(ひとよ)


  東 京 吉村 睦人

プランターでは無理と思へど持ちて来し節黒仙翁に小さき花つく
桵の木の寿命短しと聞きたれば今年芽吹かぬを嘆くことなし


  奈 良 小谷 稔

ふるさとの夜空恋しくほしいままに星観むと宇治の山峡に来し
幼き日はじめて知りし北斗星台風の名残りの雲の間に出づ


  東 京 雁部 貞夫

琉球弧描く島々とめ行きて人にやさしき園作り給へよ 今野英山へ
暑き地に編笠茸は耐へ得るや山原くひなの影は見るとも


  さいたま 倉林 美千子

庭の薄と水引草をゆさゆさに夫抱へくる十五夜のため 九月八日雨
十五夜の節句(せちく)ととのふる仕来りも五十八年か生きたり二人


  東 京 實藤 恒子

フィンランドに開きし弟の写真展に名誉会員の称号を受く
その兄の批評うけつつ業余にて写真を撮りゐる弟二人


  四日市 大井 力

九十の生涯にただ一度唇に紅ひきて貰ひしみ柩の姉
嫁ぎゆき惑ふを一度も口にせず八升鍋の飯三升鍋の味噌汁


  小 山 星野 清

まだ俺は死んでゐないと麻酔より覚めてたちまち昏冥に落つ
頑張れと励ましくるる看護師の氷片なめて一夜耐へたり


運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

もっとも苦しきときに支えくれしこの窓甲府の城あとの見ゆ
七歳のわたしに父の買い求めしピアノ秋の今日をひびきて


  札 幌 内田 弘

吾が影を長く曳きつつ日が落ちる公孫樹並木の彼方は晩秋
あつけなきラストのシーンは幸せを打ち止めにして固まつてゐる


  横 浜 大窪 和子

おのが身を支へきれざるさまにして(うな)(かぶ)すダチュラ今夜さびしむ
この星にありふれた国となりゆくかカジノあり街角に兵士の立ちて


  那須塩原 小田 利文

雷雲に会はぬを祈り三時間の帰宅の道を北へ急げり
「おやすみ」のメール貰ふは嬉しけれど妻よ眠れよ吾が着くを待たず


  東広島 米安 幸子

被災地に無事なりながら夏過ぎて熱いづる児の一人と告げく
膝折りて沙に休める一瘤駱駝とりとめもなくもの思ふわれは


  島 田 八木 康子

ヒロシマの十日前とぞ島田にも五トンの模擬爆弾投下されしは
究極のクールジャパンは九条と常寡黙なる友の呟く



若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

おおらかな濃紺の海を見下ろしてゆく山道は入江につながる 南仏カシス



  東 京 上  かの子 *

吹く風に金木犀が香りつつ枯葉と飛んだ蝉の片羽



  松 戸 戸田 邦行 *

この夏に幾度も刈られし江戸川の土手の雑草再び生えぬ



  尼 崎 有塚 夢 *

ただ単にぽっかり空が高すぎてそれのみざわめく心の理由



  奈 良 上南 裕 *

法面(のりめん)をよじ登りつつ頭をもたげ逆行にアケビの影を確かむ



  高 松 藤沢 有紀子 *

硫黄臭を温泉みたいと喜んだあの日の記憶のただに懐かし



先人の歌


『アベリアの花』 林ゆつき遺稿

友々の真新しき献血手帳しめしてがんばれとはげます夫
子を思へば不意にはりきて涙のごと胸に流るる乳がかなしき
二人の子とむつみゐる夢見たれば今日の手術のただ恐ろしき
吾に見すると娘の摘みて来し一枝のアベリアの花いつまでも咲く
山茶花の散りしく土のぬくもりていぬのふぐり育つ冬の日ざしに
日だまりの暖かげなるを窓に見て急ぎ幼らを連れ出で遊ぶ
添寝して耳かきやればすやすやと我がベッドにやがて娘は寝入りたり

ふたりの幼子を遺して早世された林ゆつきさんの歌三十三首の中より。お母様であられる「立沢もり歌集 『竹煮草』」の終わり数ページに収められている。

                     

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