作品紹介

選者の歌
(平成27年2月号) < *印 新仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

ベゴニアのはなやぐ鉢をたまひたりこころうるほひ一人寝むとす
ユルヘンと名付けしドイツ人形は父の形見と大切にする


  東 京 吉村 睦人

水の面(も)に靄のたちつつ神田川と善福寺川と合流しゐる
霜とけし土に早くも出でゐるは福寿草の蕾ならむか


  奈 良 小谷 稔

大伯皇女のゆかりの寺の址はいま桜に遅るる櫟の黄葉
名張川より運びしいづれも丸き石寺址の土壇に白く列なる


  東 京 雁部 貞夫

この富山に母逝き弟を失ひき今また兄の命細りて
兄のため延命水といふを汲む遥か立山よりの伏流水か


  さいたま 倉林 美千子

自らを苛むこころふと忘る百房の葡萄熟れて垂りたり
死もよしと昨夜は思ひき今日友と葡萄の房をあはれ貪る


  東 京 實藤 恒子

みぎひだり穏しき波と荒き波弟と海の中道ゆけば
志賀島のかなたに大き貨物船釜山にゆくか荒き島廻(しまみ)を


  四日市 大井 力

縁側の日に顔向けて魂がいま石蕗に漂ひてゆく
父が息引きとりし後を追ふごとく石蕗咲きき常より早く


  小 山 星野 清

鉄塔の下に筑波が望めると集中治療室のベッド起こしくれたり
看護師に位置尋ぬれば雲動き軒に懸かりてああ蝕の月


運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

なだれたる岸を覆いてつわぶきの花のいろ潮のひかりのなかに
磯かげにとりて来たりしつわぶきの水吸う鋭し一輪挿しに


  札 幌 内田 弘

投身を告げて地下鉄止まりたりそれより乗客の長き沈黙
天敵のやうな目をして睨む子の不機嫌をあやす心などない


  横 浜 大窪 和子

飛鳥川にほそほそ沿へる路ゆきて猪除けの柵の鎖を外す
けもの除けに笛吹きてゆく川べの路からすうり赤く木陰に下がる


  那須塩原 小田 利文

三時間運転しゆくに目の毒ぞ「生ビール金曜半額」の幟は
今日中の資料作成の指示ありて再び向かふログイン画面に


  東広島 米安 幸子

静かなる雨のあさあけ山も野もしぐれの色に染まりてゐたり
逡巡のすゑなる朱色のランドセル三月もすれば卒業式なり


  島 田 八木 康子

リストカットの歌ならできると書き込みし少女よ今は何処に如何に
樋(とい)の中を微かに雨の伝ふ音浅き眠りの夢に紛れて



若手会員の歌


  東 京 加藤 みづ紀 *

日によりて異なる考え浮かびつつ毎日同じ地下道急ぐ



  東 京 上  かの子 *

握る手に貴方の熱が伝われど違うと知った心の温度



  松 戸 戸田 邦行 *

欲満たす消費社会に囲まれて他人(ひと)とのズレで心が乾く



  藤 枝 小澤 理恵子

病みし母は継ぐ子なきゆゑ家族葬と永代供養を強く望みぬ



  奈 良 上南 裕 *

温暖化に歯止めのかかれ鮮やかな紅葉のしげき山道を行く



  高 松 藤沢 有紀子 *

頑張れぬと友に思いをぶちまけて少しわが背の荷の軽くなる



  所 沢 斎藤 勇太 *

物事をあれもこれと行いてマルチタスクでミスが増えたり



先人の歌


『射禱』     竹山 広

二十六歳の骨うつくしく遺しゆきぬ豊かに固くもの言はぬ骨
一分の黙祷はまこと一分かよしなきことを深くうたがふ
まゐつたと言ひて終りたる戦争をながくかかりてわれは終りき
人界に降りてくだるときある雪はためらひて宙に戻らむとせり
病み重る地球の声のきこゆると言はしめてただ神は見たまふ

竹山広は、25歳の時、長崎の爆心地近くの病院に結核入院中に被爆。同じく被爆した兄を探し、長崎の街をさまよいその最後を看取る。その後一貫して被爆・平和を詠う。しかし、その歌は決して声高ではなく、平明、中にはユーモアを交えて淡々と詠う。

                     

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