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(平成27年6月号) < *印 現代仮名遣い>
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○ |
東 京 |
吉村 睦人 |
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ある時は霧に沈める盆地にてその霧の中に列車入りゆく
どの山も一度は登りしことのあり甲府盆地を取り囲む山々 |
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○ |
奈 良 |
小谷 稔 |
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咲き垂るる数なき花のしらたまのにほふ馬酔木の大木の下
北京の空琥珀色にまた青深く澄みしは先生の歌に残れり |
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○ |
東 京 |
雁部 貞夫 |
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玄奘を神のごと尊びし人ふたり探検家スタインとわが落合京太郎
愚かなる仕業と君も笑ふべし一夜更けゆく「西域記」見て |
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○ |
さいたま |
倉林 美千子 |
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凍らむとして凍らざる湖の波菱片よせてかすか音たつ
湯の湧きて流れてゐたる坂の上先生の家も売られしと聞く |
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○ |
東 京 |
實藤 恒子 |
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三月十日黙祷捧ぐ大空襲に逃げ惑ふ人らのまなうらにたちて
汚染土の行く方もなく原発の再稼働を進むといふか |
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○ |
四日市 |
大井 力 |
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記事を売るなりはひかなしく紛争地の子等の声々聞きにゆきしか
立ち入りの禁止勧告区域承知して国境越えしこころを思ふ |
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○ |
福 井 |
青木 道枝 |
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ちらちらと影の揺らぎて餌を待てるすずめら甍にオリーブの木に
翼ある小さきものとの交わりをたちまち断ちて霰打ち打つ |
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○ |
札 幌 |
内田 弘 |
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付き纏う汚れを落とす洗濯機五枚のシャツを激しく洗え
叱りいる声が弾んでベランダに響く夕べは幼の泣く声 |
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○ |
横 浜 |
大窪 和子 |
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「アラブの春」はどこへゆきしか強奪と殺戮のテロ起こりて止まず
「自衛官募集」を掲ぐるビル古りて人見ぬ村に揺るる日の丸 |
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○ |
那須塩原 |
小田 利文 |
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「平和以外何もいらない」と泣く老女ウクライナ東部雪舞ふなかに
「平和以外何もいらない」と吾が子らの泣く日あらずや改憲ののち |
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○ |
東広島 |
米安 幸子 |
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春あらし静まる林の上に光るこよひの金星われを励ます
「大宇宙消滅すべし」と嘆きまししみ心思ふ夜半に目ざめて |
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○ |
島 田 |
八木 康子 |
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わが祖が家康公より賜りし梵鐘は鎮まる鎌倉海宝院に
三浦半島を治めゐし遠き祖のこと何語るなく父は逝きたり |
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○ |
名 護 |
今野 英山(アシスタント) |
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名護湾を巡る街の灯その上に「礼」の光の文字浮かびくる
新成人の若者たびたび帰省して文字灯す丘の草を刈りたり |
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○ |
松 戸 |
戸田 邦行 * |
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震災で職失いし叔父が手紙にて東京での就職の保証人になれと言う
祖父を否定し祖父から離れていった叔父それでもあなたは大切な人 |
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○ |
東 京 |
加藤 みづ紀 * |
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朝一に差し込む光週末に飾りし花を照らし輝く
あたたかくなりたる風が運び来る卒業式の朝の憂鬱
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○ |
東 京 |
上 かの子 * |
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咲きかけの辛夷の花はやわらかな仏の指のかたちに似てる
別れ際初めて触れた掌を握り返せぬわたしはだぁれ |
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○ |
奈 良 |
上南 裕 * |
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裏が先か表が先か加工する順序もめつつ試作に入る
歯車に油差しおれば今日付けで解雇されたと友告げに来る
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宮地伸一の歌
宮地伸一は新アララギの代表を創刊以来平成23年没年まで務めた。享年91歳であった。今回掲げる作はその子息の脳の手術で入院した際のもの。母親は既に他界していて父親の作者がすべて世話をしている。
その脳の断層写真を掲ぐるした否も諾もなく署名をしたり
手術室に入りてよりすでに十時間持ち来し仕事も手をつけ難し
手術してやうやく意識の戻りし汝パソコンに早く触れたしと言ふ
ふたたびの手術を受けむ時となり物言はずゐる息子も我も
髭剃りなど届けて病室を出でて来ぬ築地の街も夜はひそけし
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