作品紹介

選者の歌
(平成27年8月号) < *印 現代仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

月々の会を重ねて三百回倦むなく長く集ひ来たりぬ
つねは声なきこの部屋に時にはづむ声笑ひ声満ちし日々を大切にせむ


  東 京 吉村 睦人

益虫か害虫の方か分からねど久し振りに見たり天道虫を
プランターの中にてあれどヘンルーダ今年も花付け香を放つ


  奈 良 小谷 稔

新茶注ぐ音の清しと補聴器をはじめて着けし妻の一こゑ
補聴器はスウェーデン製にてゆくりなくかのフィヨルドの静寂(しじま)を思ふ


  東 京 雁部 貞夫

阿佐ヶ谷のガード下にて二人前鮨平らげしこの友なるに
K2のベースに別れて十五年歳々たまふ大山(だいせん)の独活


  さいたま 倉林 美千子

滞り滞り終へし今日の仕事一つ言葉にさいなまれつつ
月光を溜めて卯の花の一群あり花のフェアリの一夜眠らず


  東 京 實藤 恒子

追はるる如くひとり勤め来てなほ追はるる思ひは一世わがものとして
風通ふ葉桜の並木の下ゆけば黒揚羽ゆらゆら先達をする


  四日市 大井 力

何となく神戸が薄れ貞観のみ世と同じ地震(なゐ)はや忘れゆく
泥冠り咲きゐし梅を四年経て言ひ出づる声此の頃聞かず


  小 山 星野 清

大鋸屑に入りて届きし車海老水に放てば泳ぎ出だすあり
剝かむとする手より突然跳ぬる海老捉へ直して身を取り出だす


運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

沙踏みしわが足あとは波に消ゆかなたの岩に靴を残して
一輌の電車きしみて過ぎゆきて鉄路のめぐりスギナ青青と


  札 幌 内田 弘 *

光速より速き電波を撒き散らしスマホに一人ひとりが頼る
星ごとにあるのかしらん夕空がかくも明るく燃え立つことも


  横 浜 大窪 和子

枝垂れ桜の若葉の下を掃く人と微笑み交し坂くだり来ぬ
何処へゆくにも通ふ坂道それぞれに表情を持ついくつかの坂


  那須塩原 小田 利文

花桃の白きはここに密やかに咲きをり玉なす蕾もありて
「所により雷雨」と伝ふるその雨がフロントガラスを叩き始めぬ


  東広島 米安 幸子

窓の木にうたひし鳥ら遠く去り芽吹くたちまちみどり葉ひろぐ
日常をもつと愛せよと最期までわが(たま)ゆする長田弘は


  島 田 八木 康子

直球の指摘はひたに沁み通る思ひあぐねてネットに問へば
連休も僅かとなりし風の道ここの蓮華田も鋤き返されて


  名 護 今野 英山(アシスタント)

一面のトップは朝あさ辺野古なり隣国日本の記事など見えぬ
占領下に稲作滅びし山里は砂糖黍(ウージ)ひと色あやふきばかりに



若手会員の歌


  松 戸 戸田 邦行 *

廃炉まで四十年以上を要すというその結末を我は見らるるか
受け取りを拒否することも許されず大きな課題を我らが背負う


  東 京 加藤 みづ紀 *

緑濃くなりたる木々は刈りこまれ庭吹きぬける風はさわやか
空・海の堺の線もなきほどの青が広がる伊根湾の沖


  奈 良 上南 裕 *

作業中に書くべき書類のまたも増え指のグリスを幾度も拭う
先に生えし蔓にすがりて脇芽らの上へ上へと伸びるあけびか


先人の歌


『緑水』より  (昭和四十四年 第二版発行)

小さき舟岸壁につけ忽ちにカリフラワーを売る朝早くして
街なかの道のかたへのカフェーに吾は見てゐる椅子に乗る雀を
煉瓦赤く夕日に染みし橋の下水なめらかに白鳥泳ぐ
ベトナムに平和をと赤く橋の上に大きく書くを人の踏むなし
ハープ置く女王の婿の更衣室婿の位置などを思ひて歩む
移りゆく羊の群れは雨降りてなびくポプラの並木に沿へり
うき織の緑の服にみどりの靴栗色の髪ふさふさと行く
夕べ遠く教会は照りなだらかに起き伏すかげを行くトラクター
覗く者去りて残れる吾に向くる絵を描く青年の碧く澄む眼
アイスクリームを食べながら歩む修道尼パリは明るし光も人も

 生井武司歌集。教育事情の視察のために、ヨーロッパ九カ国を歴訪された折の作品。この小さな歌集を手に取り読むたびに、「見たままを写し取る」うたの魅力に引き込まれる。
 四首目。ベトナム戦争の頃であったのだろう。今の世の中は、更に大きな暗雲が迫っているように思われてならない。


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