作品紹介

選者の歌
(平成27年11月号) < *印 現代仮名遣い>


  三 鷹 三宅 奈緒子

一人居(ひとりい)なれば一人おどろき嘆くのみ若き人らの無残なる死を
「やばいことした」と言ひ放ちたりおのがため若きいのちを奪ひしはてに


  東 京 吉村 睦人

賀川豊彦の「最微者たれ」といふ教へ忘れて思ひ出すこと幾度か
何故に暑き路上に出で来しか干涸びてゐる蚯蚓幾匹


  奈 良 小谷 稔

入営の二年を模範兵なりし父支那事変始まるやすぐに赤紙
子の多き三十五の農の父なるに赤紙は来つ田植さ中に


  東 京 雁部 貞夫

スピルバーグも映画に撮りしペリリュー島万余の兵の屍(しかばね)積む島
海行かば水漬く屍と詠みたりき二千百年前万葉の世に


  さいたま 倉林 美千子

夫の呼ばぬは昼眠りたるしばしの間すすき揺らして風過ぎてゆく
老いし憶良も痛みに耐へて生きたりと夜の机に灯を点したり


  東 京 實藤 恒子

復員せし父を駅に出迎へてその荷をリヤカーに父母と運びき
父母の引くリヤカー押しつつ一里の道を父母あるよろこびに心ふるへぬ


  四日市 大井 力

夾竹桃月に黒々と盛り上がる傍の講堂に竹刀打つ音
体小さく心ひしゃげてゐし頃のよみがへりくる竹刀の音に


  小 山 星野 清

滑りたるはづみに手にせし小さき苗根名草山より携へたりき
躑躅かと思ひて植ゑし山の芽生え花穂をかかげ令法と知れり


運営委員の歌


  福 井 青木 道枝 *

街の灯に離れて赤くきらめくは丘の上の一つともしび
原発の助成金なるかアニメの像あちこちに建ちて街ひっそりと


  札 幌 内田 弘

出張の出前講座の講師なり迎える十七歳が三十五人
短歌革新を明治の子規を平成の十七歳に必死に話す


  横 浜 大窪 和子

門閉めて出でてゆく子をわが窓に確め送る遠き日のごと
人ひとりゆきたるあとを風がゆきさるすべり散る路地暗みたり


  那須塩原 小田 利文

ケチャップにてイニシャル描きしオムライス夕べ届きしメールに見をり
妻と子のイニシャル添へしオムライス単身赴任のわが名はなくて


  東広島 米安 幸子

渓流にふんばり立ちて元気なりし君よりの鮎届かずなりぬ
求めこし鮎焼きしかど年々の君の香魚に及くよしもなく


  島 田 八木 康子

冷水に茶の葉ほぐれて開くまでゆるくヒスイの色にじむまで
日用品の座を追われしか急須には「来客用にいかが」のポップ


  名 護 今野 英山(アシスタント)

陳先生の語気険しかり蒋介石は侵略者にしてつひに好まず
日本語を話す世代の消えゆかむ見過ごせないぞ親日あやふし



若手会員の歌


  松 戸 戸田 邦行 *

戦争は原罪のようにつきまとい我らと子らに償い迫る


  東 京 加藤 みづ紀 *

カフェより見下ろす雨の交差点彩る傘は水に浮く花



  尼 崎 有塚 夢 *

懐古の森の中にいる面影を呼び起す私の「芯」に響く音楽



  奈 良 上南 裕 *

ブラジルの友は唐揚げ中国の友はスープを所望する池の蛙を捕らえる吾に


  高 松 藤澤 有紀子 *

首のなきアユタヤの仏は風景の一部となりてはや八百年


先人の歌


近藤芳美歌集 『埃吹く街』より

雨の匂ひ(抜粋)

いつの間に夜の省線にはられたる軍のガリ版を青年が剥ぐ
世をあげし思想の中にまもり来て今こそ戦争を憎む心よ
苦しみし十年は過ぎて思ふとき思想偽るにあまり馴れ居ぬ
吊革に皆モノマニヤの目付して急停車毎よろめきてをり
かぎり無き蜻蛉が出でて漂へば病ひあるがに心こだはる
コンパスの針をあやまち折りしより心は侘し夕昏るる迄
売れ残る夕刊の上石置けり雨の匂ひの立つ宵にして

 *近藤芳美(1913~2006)は旧制広島高校在学中アララギに入会。中村憲吉、土屋文明に師事し、昭和26年に「未来」を創刊。常に時代を詠み続ける歌人として知られた。
『埃吹く街』には昭和20年10月から26年6月までの作品が収められている。掲出の連作はその冒頭に置かれるまさに敗戦直後、70年前の歌である。今を生きる私たちの心にもに深く触れてくる内容を持つ。
 註:4首目の「モノマニヤ」は偏執狂、偏狂などと訳され、ひとつの物事に凝り固まってゆとりのないこと。


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