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(平成28年12月号) < *印 新仮名遣い >
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○ |
東 京 |
吉村 睦人 |
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田に水を揚げる水車のありたるを誌しし小さき石文のあり
油点草に蕾数多付きてをり病みて構ふなかりし鉢に |
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○ |
奈 良 |
小谷 稔 |
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かにかくに共に老いつつ妻の受診に初めて付き添ふ耳遠ければ
肝臓の検査数値を妻と互ひに気遣ふ日など予想せざりき |
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○ |
東 京 |
雁部 貞夫 |
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百円売り場めぐり来りて七色の付箋紙見つく有りがたきかな
水色の付箋紙貼りゆく老いの歌吉田正俊三十八歳 |
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○ |
さいたま |
倉林 美千子 |
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案ずるな同時に惚けると思はねば老い二人かにかく暮してゆかむ
今頃二人日本に帰りて何を為すやスイスの権利を守れと夫は |
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○ |
東 京 |
實藤 恒子 |
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一世歌を詠み続くるは愚か者と君書きましきしをしをとゐる
五味先生の墓前に唱ふ愚か者が導かれしまま生きて来ました |
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○ |
四日市 |
大井 力 |
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ひそかにも核の釦を携へて広島に来るを政府は報らされゐしや
突然に死が降って来たが大統領の演説の初句情緒に逃げて |
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○ |
小 山 |
星野 清 |
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ステージに幾たびか見て親しめる中村紘子も癌に斃れぬ
中村紘子逝きしを知りしこの宵を部屋に籠りてノクターン聴く |
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○ |
福 井 |
青木 道枝 * |
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てのひらに収まる青き絵本なり子に読み今はその子らに読む
葬列の中にわが知るいくたりか在ませど言葉かわすこと無し(三宅奈緒子先生) |
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○ |
札 幌 |
内田 弘 * |
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冷えて来る土を感じて佇めば色づく銀杏を風が吹き過ぐ
路地にまではみ出して売る魚屋に哀れ北帰の鮭が並びぬ |
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○ |
横 浜 |
大窪 和子 |
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牧師きみの力ある声信仰に短歌に生きし三宅先生を語りぬ
かの日受けしわが歌の評その姿み声と共に忘るることなし |
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○ |
那須塩原 |
小田 利文 |
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夏の日の木洩れ日となるひとところ来りて舞へり浅黄斑は
定時退庁叶ひて洗濯機回しをり久方ぶりに口笛も出づ |
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○ |
東広島 |
米安 幸子 |
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奥明日香峠の家の赤き実のひとかたまりにかがやくころか
み声もどり竜在峠に文明の吉野越えの説ときてたまひき |
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○ |
島 田 |
八木 康子 |
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用水路の其処ここ今年も大きなる赤き卵塊はジャンボタニシか
緊張の極みの果てに来る睡魔今日は歯石の除去のさなかに |
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○ |
名 護 |
今野 英山(アシスタント) |
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疎開先に古井戸残る亡き祖父の口癖いつも「まづ水を飲め」
穏やかな記憶の祖父には別の顔近寄れぬほどの厳しき教師 |
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○ |
松 戸 |
戸田 邦行 * |
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この妻が心を仕事を支えくれる我は彼女に何を返せるか
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○ |
東 京 |
加藤 みづ紀 * |
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就活の経験伝える母校にて悩みし時間の豊かさを語る |
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○ |
東 京 |
桜井 敦子 * |
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アスファルトに蟬のむくろの転びいるをかたわらの土に戻してやりぬ |
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歌集『過ぎゆく日々』より 吉田正俊
病室より吾が見得る空は限りあれど数々の思ひ浮かびては消ゆ
枕辺のクリスマスローズの黄の花は淡々しき中にあたたかさあり
わが体今しばらく薬の棄てどころと客観視得るまでになりぬ
上の三首は、亡くなられた平成五年の作品である。後に小題として「六月」と付けられた。
平成二年であったろうか、福井県の吉崎歌会にて吉田先生が言葉をかけてくださった。「早く自分の感じ方を持ちなさい。」と。歌会の場ではなく、先生はひとり立っておられたと記憶する。その折に、歳若い私に掛けてくださったひとこと。あたたかい雰囲気と共に、言葉の深さが今も心に残る。
青木道枝
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