作品紹介

選者の歌
(平成29年4月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

子規茂吉の学びし所と知るわれは今日も淡路町公園を横切りて来ぬ
昼休みはお茶の水駅近くの土手に行きてごろ寝せしと茂吉は記す


  奈 良 小谷 稔

故里をしのぶよすがのミソハギも群れて枯れたり菜園脇に
アルカリはアラビア語にて灰なりと迂闊にも九十歳近く知りたり


  東 京 雁部 貞夫

白装束に身を装ひし女党首護憲のうねりを生み出だすべし
知性など欠片(かけら)も見せぬ大統領乱世の到来告ぐる赤鬼


  さいたま 倉林 美千子

「君にしか言へぬ論旨」と言ひくれし意味楽しくて机を点す
「憶良はどうした」促す夫は九十一よく覚えてゐる変なことだけ


  東 京 實藤 恒子

照り映ゆる山のもみぢに阿智村と平谷村の分水嶺に立つ
淘綾のしばしば来たり描けりと聞きて佇む秋の日燦さん


  四日市 大井 力

ふつと目の光を消して言ひましき「所詮濁世の内うち」のこと
たどたどと人のあと賛美歌なぞりたり声ともつかぬ声籠らせて


  小 山 星野 清

監視カメラ子らにつなぎて一人住む暮らしを伝ふ友の賀状は
意欲的に生きてゐるなどとわれを言ふが破れかぶれの感なしとせず


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

落葉ふかく滑り滑りてくだり行く道ともなけれど陽のあたたかく
自転車に急ブレーキかけわが前に君立ちたりきその日の道なり


  札 幌 内田 弘 *

ふくろうの置物二百を超えました何にも良い事なくて歳晩
一寸先の闇に怯えて躊躇(ためら)いてなあんにもせずに今日も終わった


  横 浜 大窪 和子

限りなく聞き来し音と思ひつつ今日降る雨をあたらしく聞く
われに宛て三枚の賀状書かれたるこころを思ふ三宅先生を思ふ


  那須塩原 小田 利文

プロ棋士をAIが破る世となりぬAI福祉士と働く日は何時
親の愛備へし人工知能待つ吾ら亡き後思へば切に


  東広島 米安 幸子

とんどの火風にまひまひ散る火の粉亡き君の声聞くがにわれは
西国のことば半ばは通ぜずと初心のわれを慰めましし


  島 田 八木 康子

医療費無料の北欧に住む友のメール「風邪はここでは診療外です」
何せずとも七日で風邪は治るもの服薬しても一週間と


  名 護 今野 英山(アシスタント)

秋晴れにツールド沖縄駆けめぐる園児は三輪レースを駆ける
足元のみ見つめる園児先の先見つめる園児幅寄せもする



先人の歌


風ありて茜(あかね)のひかり流れたりそのおほいなる夕雲のあたり
ほろびたるものを惜しまず移りきてしづけきあした麦に降る雨
あめつちのあひだに生くるけはしさをことわりとしていのちをいきむ
雪残る麦生(むぎふ)の空に啼(な)く雲雀(ひばり)ひとつくだりて二つゐる見ゆ
あるときは駒草(こまくさ)の青にちからわきおのづから心ひくくしたりき

 鹿児島寿蔵(1898-1982 紙塑人形創始者、人間国宝、アララギ派の歌人)の作品から五首を引いた。このようなおおらかな調べを持つ作品に折々に触れることは、自然を詠む力を養うことにもつながるのではなかろうか。


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