作品紹介

選者の歌
(平成29年5月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

来年もここに来たりてこの桜見ること得むか立ち去り難し
葡萄棚の下に苺を作りたるかの頃恋ほしマンションに移りて


  奈 良 小谷 稔

意欲あれど耳遠きゆゑ歌の会を退く人のこの月もまた
会に出よと励ますも(あだ)か駅に降りおのが家路に迷ふ思へば


  東 京 雁部 貞夫

稀々に姿現はす飯豊山横雲の上に(あけ)にかがやく
豊かなる水を願ふか山仰ぎ掌を合はせゐる媼と少女


  さいたま 倉林 美千子

薄味に慣れず食欲を失ひて夫はバレンタインのゴディバのみ欲る
スイスよりその上等を買ひて来よ汝が父ははじめてチョコに目覚めぬ


  東 京 實藤 恒子

泳ぎゐる錯覚にわが歩みゆく降り来る銀杏もみぢのなかを
渦を巻き移りゆく銀杏の黄葉(もみぢば)にうつつを抜けてわがゐる瞬時


  四日市 大井 力

プール仲間があはれみたまひ貸しくれし三畝にこころを放つときどき
摘み遅れ咲かせてしまひしブロッコリー膝までの雪分けて摘み来ぬ


  小 山 星野 清

経済の再生に資する原発とのめり込み際限なく増えたる赤字
フクシマの収拾の目処も立たぬ間に深入りし墓穴掘りたる東芝


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

つわぶきは褪せたる綿毛かかげたり霰打ち打つ海べの道に
わが前に舞い落ちきたる白き羽ひろい仰げり岬の空を



  札 幌 内田 弘 *

春を待つ路地に残雪どす黒く夜の残滓を()めて朝来る
喉飴をねめ廻しつつこれから言う嘘を幾つか考えている



  横 浜 大窪 和子

免許証の更新は半年の後にして決断一つ思案する夫
母の着物母の編みたるショール着け今日いち日の心を護る



  那須塩原 小田 利文

呆気なく辞職願ひは受理されていよいよつひに無職か吾も
梅の花綻びしに舞ふ今朝の雪退職まであと二か月を切る



  東広島 米安 幸子

誇りかに亡き馬を語る人らゐてオグリキャップをよみがへらしむ
騎手を乗せ出走口に至るときオグリキャップは勇みて足掻く



  島 田 八木 康子

QRコードのシールが爪に貼りてあり徘徊老人とはとても見えねど
徘徊する人の後ろをひたすらに見守り歩むボランティアありき



  名 護 今野 英山(アシスタント)

山登る足の感触よみがへり束の間にして喘ぎと変はる
山登る懐かしさなど消えゆけりただ目の前の岩のみ追ひて




先人の歌


清水房雄の歌

今のうちに為さねばならぬ事のある思ひはやまず唯焦りをり
いたはられ過ごす晩年など思ひつかず独り勝手にこの孤立感
日に一度街の雑踏を行かねばと思ひ決め居り老とどめむに
気のきいたふはふは歌を良しとして定着すらしも平成短歌
つぎつぎに人等この世を去りゆきて静かになりぬ老の身めぐり

清水房雄は本年平成二九年三月三日、百一歳という高齢で他界された。その師土屋文明より一歳年長の長寿であったが最後まで認知症とは無縁であった。テレビを全く視聴せず読書をひたすらし、日課に歩いて心身の老化を自律的に防いだ。
                       小谷 稔


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