作品紹介

選者の歌
(平成29年7月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

子規茂吉のやうな後輩を育ててくれ口癖なりき曽弥武校長(開成学園)
今までに書きし物だけでも取り纏め一冊にせむか『土屋文明先生』



  奈 良 小谷 稔

蓬摘み草餅つくるはわが領分妻の居れども譲ることなし
草苺の花昏れがたを青年の横笛吹きつつ川堤ゆく


  東 京 雁部 貞夫

曳山の鉦と太鼓と笛の音聞え来れば靴しかと締む
曳山の長老曰く「上を見よ」鳳凰瓔珞こはさぬやうに


  さいたま 倉林 美千子

新聞は君亡きを告ぐ帰国後の新参我を導きましき
幾度か庭に辛夷咲き花韮咲きかくて蘇る悲しみの日が


  東 京 實藤 恒子

咲き満つる桜の苑の夕光に父を偲べりいまさば百八歳
逝くまへの故里の桜を車椅子に見巡りし父の笑顔忘れず


  四日市 大井 力

頑(かたくな)の兄の元に来て耐へまししをりをりの表情思ひ出でたり
兄を葬りたる日に掛けしひと言に涙ぐみたる義姉を思へり


  小 山 星野 清

手術して百日を経し弟が誰をも拒みなほ籠れるか
力尽きて倒れむとするところまでの記憶を辛うじて語る弟


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

劇場テロ起こりしその日モスクワにわが居合わせき怒号の中に
テロリストなりしはチェチェンの寡婦三人(たり)か夫を息子を殺されし果て


  札 幌 内田 弘 *

返信を出さぬと決めて住所録を抹消する喜びに居る
名刺入れに溜まれる名刺を無造作に纏めて捨てる清々しさよ


  横 浜 大窪 和子

人去りし工場現場ベル一つ鳴ればたちまち稼働するがに
閉ぢし日のままに掛れるカレンダー月替りても繰る人のなく


  那須塩原 小田 利文

仕事終へし夜々を掃除に励むなり退去迫りし単身宿舎の
最後となる愛妻弁当はむすび二つ引越しの荷の増えぬやうにと


  東広島 米安 幸子

人ならばいかなる人やむらさきの花をしだきて吹く春あらし
朝夕は綱曳き歩む夫に今日は封の乾かぬ速達託す


  島 田 八木 康子

日本観光の余禄となれよカタリナとシボの筍狩りのひととき
グーグルの翻訳検索ありがたし筍・不作・鍬・異常気象 


  名 護 今野 英山(アシスタント)

年明けにコスモス咲くを不思議とも思はず沖縄暮らしの三年
桜植ゑし戦後の思ひからうじて伝はりゆくかこの歌の碑に



先人の歌


清水房雄の歌

老をつらし悲しと思ひしことのなし忌々しとは幾たびにても
青年のごとき心に今さらに嘆きまた思ふ世のこと人のこと
たちまちに嘘のごとくに吾老いてうつむきのぼる駅の階段
歩かねば歩けなくなるぞと人の声するが如くにひた歩きをり
歌を通して知り得る程度のなま易しきものにはあらず人生の真
戦争世代の記憶は今もあざやかに生き残りしを僥倖として
写生写実の真意を如何に解せるか次々目に入る日常生活報告歌

*平成29年3月3日没  享年101歳
小谷稔先生の清水房雄*30首選より
       <現代短歌6月号>


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