樋口 賢治の歌 樋口賢治全歌集<春の氷>より
雪とけし岸にかぎろひの立つ今日をひとり来ればただ汝(なれ)を恋ふ
この川を渡りて葬(はふ)りたりにしも遠き過ぎ去(ゆ)きにもあらずして
待ち待ちし春も近しと思ふにも目の前の川を氷流れ行く
雪しろのみなぎる中にかたまりて落ちたる雪のしぶきをあげぬ
みなぎらふ川の中らを春の氷ながれつつ行く永久(とは)に思はむ
樋口賢治は「アララギ」選者、昭和五十八年死去。七十四歳であった。この歌一連は順子夫人を亡くした七年後の作。1首目の汝は順子夫人である。春の氷に寄せて夫人を思う心が哀切である。一連の歌は直接亡き順子夫人の命を凝視する「春の氷」前半の歌より、この春の氷に寄せて詠っている作の方が叙情的である。順子夫人は三十七歳の早逝であった。
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