作品紹介

選者の歌
(平成29年11月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

広がれる鱗雲に夕日さし一つ一つが金色(こんじき)に光る
老夫婦を時々見かけし隣墓草生ひ茂るままとなりたり


  奈 良 小谷 稔

西に東に枕を移し夜半ひとり眠りを誘ふ空しかれども
胸の上に両手を置きてみづからの脈を数へて眠りを誘ふ


  東 京 雁部 貞夫

百年前若き節が徒歩(かち)行きし秋山郷に吾老いて来ぬ 「北越雪譜」の里
「切明(きりあけ)」の河原の出湯に足ひたす妻を見たりき憎からなくに


  さいたま 倉林 美千子

この駅に知らぬ間に現れし商店街異国にも似てわが紛れゆく
雨の降るバスターミナル同じ世に生きて行き交ふ人らに混じる


  東 京 實藤 恒子

打ち込みし教職を退きて二十余年自づからなる安らぎにゐる
早旦にサッシュ戸開くれば青葉の風けふわれを待つ仕事は何となに


  四日市 大井 力

何もかも忘れさせ時は押し移る人生れ人逝くこの列島に
人替へて有耶無耶にするこの風土操る者をば打て「はたた神」


  小 山 星野 清

杖ながら出で歩き得る有難さ「みなとみらい」にイ・ムジチを聴く
ゆたかなる弦のひびきに身をゆだねふつふつと湧く生けるよろこび


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

煌煌とライトの下に照らされて夫と連弾この夜バッハを
一つピアノふたり並びて弾く今を触れたる夫の指の冷たし


  札 幌 内田 弘 *

階段に躓き思わず声を出す子泣き爺が笑っているぞ
暖簾かけ酒飲みを待つ赤提灯「かんろ」は夜の輝きのなか


  横 浜 大窪 和子

降る音の日すがら聞こえわが胸を濡らしてやまず八月十五日
日本軍の愚かさ酷さ傷ましさここに伝へよ伝へ続けよ


  那須塩原 小田 利文

向日葵が十四歳には良く似合ふ天才棋士もわが子菜月も
金曜の夕べ賜ひしサクランボ一つふふめり残りは妻に


  東広島 米安 幸子

きささげによく来る鳥の落とししか思はぬところに赤芽柏生ふ
「あかめがしはは赤人の詠む久木です」いつかの君に今なら応ふ


  島 田 八木 康子

嗚呼つひに精霊バッタも友ならずラズベリー紫蘇バジルぼろぼろ
降り出でし細かき雨はチリチリとわが天窓を真っ先に打つ


  柏 今野 英山(アシスタント)

人らみな島草履にて浜に出づ待ちに待ちたる港の花火
沖縄の最後の夏を惜しみつつ私を照らす花火の中に




先人の歌


青谷   五味 保義

心楽しくわが居りしかばかへるでの翅果(はねみ)くれなゐに揺るるこの窓
金属音に似て河鹿鳴く声ひとつたぎつせの音占むる谷より
うつしみの胸よりいづる長き息このさびしさは沁み透る如
ふたり居てやさしき朝のめざめにはとどこほりなき小鳥らの声
斑雪(はだれ)さやかに置きてまともにおし迫る谷川岳のみなみ面(おもて)は
谷の入りに見えてさやけきはだれ雪陰(かげ)おとすいはほ今雲を吐く

 五味保義は、第二次世界大戦の後いち早く「アララギ」を復刊させ、長く編集発行人を務めた歌人である。上諏訪の旧家に生まれ、島木赤彦、斉藤茂吉、土屋文明に師事し、真摯で端正な作品を数多く残した。
 現在「新アララギ」に「五味保義作品合評」が連載され、11月号で八十六回を重ねている。目を通して頂ければ幸いである。この作品は第四歌集『一つ石』の中の「青谷」から抜粋して載せた。


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