歌集 万葉線 勝木 四郎
万葉線 より
万葉線の一輌電車に妻と揺られ母の古里の街を今日ゆく
渋谿の「つまま」を見むと妻と歩む凪ぎて海潮の透きとほる磯を
鬼蓮は枯れて囲へる枠の中の水に渡り来し鴨四五羽ゐる
布勢の海のあとは大方休耕田にて黄になびく背高泡立草の群
紫水館跡 より
年々に集ひて歌を論(あげつら)ひし紫水館跡に君と今日たつ
逝く春の湖に映れる鹿島の森しみじみと見つ従ひてきて
藪肉桂しげり小暗き島の道に這ふ赤手蟹いまだ小さし
吉崎にて聞きし陰口なつかしむ採らずの吉田落としの落合
後遺症 より
かにかくに二年過ぎたり後遺症なき身喜べと医師に言はれて
舌もつれ緩く喋らむと意識するこの虚しさは言ふべくもなし
何もかも億劫になりて昼寝せり歌稿の束を枕辺に置きて
身辺に競ふ幾人か居りし日は今よりいくらかわれに覇気ありき
勝木 四郎
「アララギ」「新アララギ」「柊」に所属 し、「柊」の代表・選者。(1928年福井県に生まれ〜2017年に死去)
「万葉線」は「荷役線」「雪もよふ雲」「足音」につづく第四歌集であり、2005年に出版、終の歌集となった。
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