作品紹介

選者の歌
(平成30年3月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

梅園に行く人多き今日なれどわれはここにて杖を返しぬ (池上梅園)
歩み来しわれを待ちてゐしごとくはや幾花か木瓜は付けゐる


  奈 良 小谷 稔

北陸のアララギに尽しし七十年わが同年の君身罷りぬ
戦後アララギにいちはやく共に参加してああ遂に君も亡き数に入る


  東 京 雁部 貞夫

一年(ひととせ)に二たび三たび飛騨に来ぬ病と戦ふ君に会はむと
イタイイタイ病ここに発すと思ひ出づ白煙盛んな神岡鉱山


  さいたま 倉林 美千子

マスターは三日程前に逝きしといふ今日が最後の小さき舞台
立てかけて吾よりのつぽのコントラバス(あるじ)悼みて今にも鳴るか


  東 京 實藤 恒子

女学院のヒマラヤザクラの咲き満ちぬ選歌にこもれるこの幾日に
五味先生の鋭き声と厳し過ぎる言葉に再びは聴講せざりきとぞ


  四日市 大井 力

木の祟り恐れて江戸の頃よりか伐られず道の真中の(たぶのき)
千回も葉を散らし春に入替へて椨あらはなる樹瘤をさらす


  小 山 星野 清

四月より留守となりたる隣家の今年の真弓もみぢ色濃し
四季のなき国に移りし隣人に今年の真弓の色告げやらむ


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

なにもかも目にさやかなる甲府のふゆ電線の影ひともとの草影
何代目の店主か今もまちかどに焼く今川焼き一個八十円


  札 幌 内田 弘 *

路地ごとに二人三人別れゆき手を振り駆けだす集団下校
一面の夕焼けの下に突出するタワービルを横切るジェット機


  横 浜 大窪 和子

共に踊るルンバがうまく合へばよしそのこころには触るることなく
踊り出づる女性の一歩は後退にして小さき恐れときどきにもつ


  能 美 小田 利文

送迎のルート覚えむ道に寄りし八幡神社に夕べ祈りつ
試走距離は百三十キロを超ゆ週明けには送迎ルートを走らねばならぬ


  東広島 米安 幸子

ルミナリエの帰途の山峡にしづみゆく夕陽の赤さつげてくる君
山峡の冬の入り日を告げし君けふは病む友の車椅子押す


  島 田 八木 康子

まぶしさはこらへやうなし闇の中に点灯は先づ眼を閉ぢて
五時間を眠りて覚めし夜明け方泥みしパズルはらりと解けぬ


  柏 今野 英山(アシスタント)

この先は女人高野の奥の院ここまで来しに登らぬ妻は
奥の院の深き木立に見下ろせば室生の里はひそかに色づく



先人の歌


山村鉄夫の歌

老が吾に迫る思ひに歩み行くこの道の辺に野たれ死すとも
体より汗は塩となりこぼれ落つわが歩み行く炎暑の道に
日の落ちて寒くなりたる路地裏を歩みつつ探す今宵の宿を
さぬきうどんに醤油をかけて食ふ夕を張り合ひにして一日歩みぬ
稲の穂のくらくなるまで歩み来て山羊鳴く声に心やすらぐ
思ふまい何も思ふまいと思ひつつ歩み行きたり風におされて

(2003年の「新アララギ」より)

山村鉄夫 (1926年−2011年)
「山梨歌人」主宰者、「アララギ」「新アララギ」同人。
歌集には『(いと)()()』がある。
高校の国語の教師であり、甲府第一高等学校の校長を務めた。上の五首は、七十七歳の時の作品。歌誌の編集発行に携わりながら、時間を見つけては見知らぬ土地をひたすら歩いて歌を詠んだ。
その歌、生き方は、今も私達の心に迫ってくる。


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