斎藤茂吉歌集『つゆじも』より
くらやみに向ひてわれは目を開きぬ限もあらぬものの寂けさ
朝のなぎさに眼つむりてやはらかき天つ光に照らされにけり
あららぎのくれなゐの実を食むときはちちはは恋し信濃路にして
今しがた牛闘ひてその一つ角折れたるが途のうへに立つ
くたびれて吾の息づく釜無の谷のくらがりに啼くほととぎす
斎藤茂吉は、大正六年十二月長崎医学専門学校教授、県立長崎病院精神科部長として赴任した。茂吉の第三歌集であり、大正十年三月、長崎を去るまでの時期の歌の中から五首を抽出した。この時期は同時に『短歌に於ける写生の説』(大正九年)が書かれた時期でもあった。「実相に観入して自然・自己一元の生を写す。これが短歌の写生である」と規定付けたのである。「写生は生を写す」として、根拠を東洋画論の用語によって証明し、現実的な生命主義の確立を目指した。
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