作品紹介

選者の歌
(平成30年5月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

昨日来て今日も来たりて明日も来むこの園の白蓮まだ一枚も散らず
援軍を頼むと信号出しつづけ果てし跡と記す碑



  奈 良 小谷 稔

貝母萌えわが誕生の二月ぞとよろこぶ時に妻骨折す
腕に巻くギプスはガラス繊維とぞ妻の左手癒ゆるはいつか


  東 京 雁部 貞夫

この画集の半ば占むるは「姑娘(クーニャン)」図戦時のゆゑか眼ざし険し
ITよりAIに世は移るとぞ生きがたき世の迫り来るがに


  さいたま 倉林 美千子

身籠りしことも告げあふ友なりき病まぬうち会ひておかむと言へり
会はざれどその時々に言葉ありき今夜(こよひ)は小止みなく降る雪を言ふ



  東 京 實藤 恒子

戦争の神と名付けられし火星そを君は研究の対象としぬ
その夜々を望遠鏡を見つつゐて火星の地図を君は描けり


  四日市 大井 力

獣より若葉を守る山椒の知恵とか枝々に棘備へしは
わらはべの頃の懐かしさ思ふすら減るのか大事なものを失くして


  小 山 星野 清

皆既月食報ずるテレビの前にゐて動く気もなき老いとはなれり
関心はあるが動くが大儀にて天文少年も老いて形無し


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

からだ一つようやく通れる雪壁の道を阻みて艶やかなる枝
雪掻きを依頼する間違い電話受く老いし声にてすぐさま切れぬ


  札 幌 内田 弘 *

片手にて済ますスマホが蔓延(まんえん)し核のボタンを易々と押すか
もう一度茂吉を読まんか眠らんか老いの眠りは切れ切れなれば


  横 浜 大窪 和子

ミサイルを小型化するといふ発想手回りに置く道具のやうに
避け得ざる大戦なりしかハル・ノート今にして知る悲しみ深く


  能 美 小田 利文

その妻の在宅介護にて従兄弟逝けり酒も煙草も止めることなく
死に顔は見る間に笑顔に変はりしと伝へ来し人の幸を祈りつ


  東広島 米安 幸子

空のいろ失せたる午後の窓の木に鳥影も見ず吹く風さへも
身を反らしバランスボールに全身の重み預けて目をつぶりけり


  島 田 八木 康子

溶けるまでわが餅を煮て施設のその母に持ちゆく友あり糯米を蒸す
お悔やみも告別式も香典も辞退すと今朝の連絡網は


  柏 今野 英山(アシスタント)

年賀状を十円安く売りだしぬせこくはないかすぐ戻したり
超高層マンション見上ぐる川端に時のもどれる江戸の浮舟



先人の歌


斎藤 茂吉の歌「白き山」より

おほどかに流れの見ゆるのみにして月の照りたる冬最上川
まどかなる月やうやくに傾きて最上川のうへにうごく(さむ)(もや)
雪雲の山を離れてゆくなべに最上川より(ただ)に虹立つ
最上川海に入らむと風をいたみうなじほの浪とまじはる音す
人生きてたたかひの後に悲しめる(くぬが)に向かひ(せむ)るしき浪

 茂吉の一番いい歌は私は「白き山」であると今も思っている。決して古くはない。おおどかに自然を凝視して自然と一体になっている気がする。自然の中に息づく人間の荘厳さが伝わるとも思う。いつまでも参考にしたいものである。

大井 力


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