作品紹介

選者の歌
(平成30年6月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

回り道して来たりたる甲斐ありて今日橋下に翡翠三羽
洗足用水の跡をとどむる道のくねり片側のみの桜の並木


  奈 良 小谷 稔

妻の腕に巻けるギブスの無機質の硬さにほのか体温伝ふ
厨事しばらく吾の受け持ちて味も定まる蕗の薹味噌


  東 京 雁部 貞夫

とめどなく降る春の雪見つつ思ふ彼岸の雪の日君(はふ)りしを 深田久弥忌
ヒマラヤより帰りし吾に電報一通「レンサイ アケテ オイデヲ マツ」と


  さいたま 倉林 美千子

こまごまとアララギ終刊の経緯を読む君が日誌とぞ心して読む
幾度か眼鏡を拭ひ読みゆくに記録は伝ふ亡き君が声



  東 京 實藤 恒子

フリージアオーニソガラム君子欄こは賜物のわれの花雛
花雛の輝ふまへに待ちまちし君との宴ワインかかげて


  四日市 大井 力

海の底より二千五百万年前に隆起して鈴鹿山脈今朝の雪晴れ
雲切れて日の帯冬田を動きゆく雨筋白く伴ひながら


  小 山 星野 清

友らみな都会に出でし春休みひとり鮒釣る日々ありたりき
鈍る身をほぐさむとして公園の冷たき風に遊歩道ゆく


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

隣家(りんか)の壁せまれる狭きこの窓に吹かれ入りくる春の淡雪
むくどり来て雀らの来て雪の日の餌台のうえ影のにぎわう


  札 幌 内田 弘 *

雪に濡れ路地に怯えし目の犬が酔っ払いの俺を長く見て居る
空母は持たず侵略はしないと嘯きて護衛艦にオスプレイを摘むのか


  横 浜 大窪 和子

何を呼ぶメロディなるか遠く近く聞こえてゐしがいつか途絶えぬ
イースター島の謎解き明かす番組に思はざる喪失感のわれに生れぬ


  能 美 小田 利文

庭に屋根に(きり)無く積みてゆくを怖れ寝ねがたき夜に落つる雪塊
送迎車の屋根の雪除けし間より久しぶりなる青空は見ゆ


  東広島 米安 幸子

小雨降る庭木に動く鳥の影頭もろとも連打し止まず
きつつきの凄まじきまでのドラミング汝がインナーマッスル(うらや)むわれは


  島 田 八木 康子

学習塾が介護事業に手を伸ばす時の流れと言はば言ふべく
町中に市民病院が越してくる噂はうねりうねりて消えし


  柏 今野 英山(アシスタント)

エノケンに古川ロッパ伝説の役者に並びてわれらが「寅さん」
ラブレーは一幕の喜劇と言ひたりきどたばた過ぎむかわれのひと世は



先人の歌


三宅奈緒子歌集『風知草』より
 五月の渚

えごの花咲く林(みち)ひえびえと暗きに海の潮が匂ふ
岩の間に浮ける水母(くらげ)をかこむなど少女らとゐて五月の渚
渚にあそぶ少女らのなか岩陰に一人すばやくビキニとなりつ
彩色せる大きコンテナ船沖を過ぐながく砂にゐて砂あたたかし
身を軽く揺りつつ唱ふ少女たちCome sail awayと一つリズムに
コーラスの終りたるとき指揮の少女白き帽子を聴衆に投ぐ

 このサイトでは2月の更新から「短歌雑記帳」に三宅奈緒子の「選歌後記」を掲載している。新潟出身の作者は後に東京に出て長く教師生活を送った。昨年亡くなるまで、新アララギでは多くの会員に慕われる選者でもあった。
 この一連は少女たちと共に居るときが詠まれている。生き生きとした少女たちの姿が爽やかに詠まれると同時に、沈潜した作者の静かな世界も詠み込まれている味わい深い連作である。


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