作品紹介

選者の歌
(平成30年7月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

海沿ひの砂畑に作りし玉葱と今年も一箱送りたまひぬ
石に彫る「内に誠実()に努力」父の作りし校歌の一節


  奈 良 小谷 稔

自転車の前輪あらたに取り換へぬ九十の身には最後となるか
切岸を覆ひて垂るる忍冬花咲きたらば酒に浸さむ


  東 京 雁部 貞夫

一株より一葉のみ採れ片栗のこの群生地は友の持ち山
牧水は何処の山の片栗を酒菜とせしや雪残るころ


  さいたま 倉林 美千子

病む人を残し来たりと友三人倉皇として帰りゆきたり
同じ世に生きし縁を(あらは)さむ老いてはかなきことと思へど


  東 京 實藤 恒子

花の向うにミャンマー大使館の旗なびきこの御殿山の桜咲き満つ
クリスマスローズゆたかに咲かしめし閑かなる高輪の道を君とゆく


  四日市 大井 力

年々の寒暖に敏く過しゐる芽吹けるもののなべて親しく
人よりも二億年早くこの星に生れし銀杏羊歯を敬ふ


  小 山 星野 清

幾十年忘れゐたるに早々と寒さの来れば霜焼け兆す
ソクオンキとはどんなものかと問はれたり量販店の従業員に


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

沈みてはまた浮かびくるカイツブリ思いもかけぬ水面(みなも)の方より
湖を吹く風にさざなみ限りなし葦の根浸しこの砂の地へ


  札 幌 内田 弘 *

幾重にも聞える発車のベルの音ホームの屋根の雪しずる音
春の日は平屋の屋根より雪しずり音がマンションの四階に響く


  横 浜 大窪 和子

見知らぬ小虫つぶてのごとく飛びて来ぬ開くページにしばし見て打つ
一日の悔いにひと時向き合ひていつしか眠るなべて委ねて


  能 美 小田 利文

「新幹線」と呼びて菜月が乗りたがるステーションワゴン車も下取りに出さむ
月面のクレーターの如き雪道も進むほかなし利用者が待つ


  東広島 米安 幸子

大き卓にしほしほとのぶる夢ひとつ編集長は了解下さる
塀沿ひに蔓延るたんぽぽ摘みてもよきか自転車おりてためらふ少女


  島 田 八木 康子

新東名の工事の余波か山奥の寺のガラスに果てしカワセミ
菩提寺のガラスに果てしカワセミが我らを見つむ剥製となりて


  柏 今野 英山(アシスタント)

二十軒の醤油造りの並び立ち香りの中をさまよひ歩く
大工場家内工場立ち並びそれぞれ贔屓の醤ある街



先人の歌


新しき墨すると硯に()(きん)泛く今朝しばらくの心ゆたけし
                    加藤 淘綾
四月十六日斉藤土屋両先生を迎ふ一首

肩ひろき君に従ひ行く吾のおどおどとたのし今日の一日の
                    狩野登美次

仰ぎ見し月かげはただしづかにてまた歩みゆく潮させる道
                    小暮 政次
ルイトボルト街に住みし頃

わが住める屋根にすれすれに巴里行の旅客機の過ぐ午前十時頃か                   小松 三郎

槻の木の向うにひろき舗道ありとめどなく夜の雨ふりながら
                    佐藤佐太郎

薔薇の芽のありとしもなき紅のいろ何待つとわがこころときめく                   築地 藤子

『アララギ年刊歌集第十六』(昭和十四年度)より


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