作品紹介

選者の歌
(平成30年8月号) < *印 新仮名遣い


  東 京 吉村 睦人

残り咲くどくだみの花見つつゆく今日三度目のポストへ道
次々と忘れてゆきて不義理など何も無きかのごとくわがゐる


  奈 良 小谷 稔

廃校跡のフェンスに咲ける忍冬ここにバス降りき四十六年
をりをりに日記つけるを忘るるは忘るるほどの空白の日か


  東 京 雁部 貞夫

今の世に苦手の人物二人あり歌の鳥居と絵の奈良美智と
大量に生産さるる絵とグッズだから嫌いだポツプ・アートは


  さいたま 倉林 美千子

柿の花落ちて静かなる夕まぐれ逝きし『一去集』の作者思はる
その時々寂しき人と思ひしが今恋ほし乾きし言葉の奥が


  東 京 實藤 恒子

品川より多摩川を越えて川崎宿三万二千歩を歩き切りたり
入口脇になだれ咲きたる雲南黄梅きさらぎの講座に迎へくるるも


  四日市 大井 力

二人して迎へし五十五年とも角も無事が何よりと山の奥の湯
卑弥呼以前の気配に青葉梟( あをばづく )が鳴く前山に日の傾けるころ


  小 山 星野 清

予想より遥かに花の時早く函館のホテル解約したり
早々に今年の夢と企てし桜見む函館の旅は潰えぬ


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

生まれたるばかりと見ゆる子をいだき買物する人わが日のごとく
こでまりの垂れ咲き満ちる時となり記憶のなかのコロラドの家


  札 幌 内田 弘 *

幾万の蕾の綻ぶ札幌の皐月の空に突き抜ける汽笛
原生林の太き幹を駆け上がり樹液が葉を瑞々しくする


  横 浜 大窪 和子

刷きしごと初島見ゆる頂きの草生ひとときわれらをつつむ
エルサレムに大使館移しし米大統領斃れし児を見よガザ地区を見よ


  能 美 小田 利文

滑走路近ければ大きライト点しファントム二機が高度下げゆく
小松基地に降りゆくファントム戦闘機吾が送迎車の真上を飛べり


  東広島 米安 幸子

朝より細き雨ふる木下道散りしく上に散るちさの花
降る雨に光しづかな青葉かげ卯の花の白さ目に留むけさは


  島 田 八木 康子

太陽をめぐる大きな灰色の日暈( ひがさ )仰ぎて今日は物干す
心地よき風の道なり乾くころ日陰となれるわが物干し場


  柏 今野 英山(アシスタント)

山道を案内されゆき製麺所に一期一会のうどん味はふ
銀メダルに涙を流すアスリート負けは負けとの思ひは強く



先人の歌


 選者の倉林美千子氏が新アララギ八月号にアララギの先輩清水房雄氏のことを詠まれている。今回その清水氏の作品を挙げたい。

平和といふ倦怠が戦争を喚ぶのですさう言つて下車して行つた外人さん
自衛的侵略といふ語を思ひつく彼の日国民意気込みのこと
前衛派後期前衛派何でもよし明日に短歌が生きつげるなら
他者の不幸すなはち己が幸福と相対論的に慰むらしも
ホトケにもヤソにも恃む何も無し地獄に堕ちし吾の心は
自己否定など高尚なる事はせず俗にまみれて生き継がむのみ
何十年ぶりかブランコに乗りゐたり赤羽根公園朝のしづまり
九十歳にいよいよなるかと呟きてシャツの釦を嵌めゐたりけり

小谷 稔


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