作品紹介

選者の歌
(平成30年10月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

庭の草引きてはあれど病む友はいまだ戻らず半年の過ぐ
災害をも選挙運動に利用する現地視察をテロップに流して


  奈 良 小谷 稔

畳二枚をカーテン囲む避難室ここにともかく暮らす甥らか
光る瀬に少年の感傷を重ね来しわが高梁川の氾濫に遇ふ


  東 京 雁部 貞夫

死刑といふ殺人がいつ迄つづくのか復讐法の名残りならずや
コーヒーを飲む楽しみが半減す煙草の吸へぬ喫茶店とは


  さいたま 倉林 美千子

帰り来てすぐ聞く西国大雨の報別れし友ら無事につきしや  二〇一八年七月
災害の絶え間なき国になりたりと瑞穂のくにを嘆かふしばし


  東 京 實藤 恒子

バスのなかより停留所に待つしづ枝さんの姿の見えて懐かしきかな
土屋先生に褒められしわが相聞歌かく詠むものと学びたりとぞ


  四日市 大井 力

ひとりにて見るには惜しと立ち尽す日没ののちの雲のかがやき
物思ふを止めよと肩に来てとまる野芥子の綿が漂ひて来て


  小 山 星野 清

ただ一本今年も植ゑて朝々に胡瓜四五本を?ぐ日の続く
弟の名にわれを呼ぶ母の声に目覚めて思ふ若かりし日を


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

杖などは携うるのみ忽ちに車道よこぎり見えぬ御(み)すがた
コンビニにレジを打てるは留学生耳にやさしき日本語残す


  札 幌 内田 弘 *

ススキノの夜のおでん売り「食べてゆきなよ温まるから」
訃報欄の我が名を吾が覗き込む夢より覚めれば汗滲みいぬ


  横 浜 大窪 和子

しまなみ海道穩しく越えしは七日前かかる大洪水を思ひみざりき
耐久レース「ル・マン24」に勝利せしトヨタに拍手す世界を抑へて


  能 美 小田 利文

他人事にあらずと妻と語り合ふ報道さるる災害弱者を
避難所へ自動操縦にて飛ぶベッド出来ぬか吾がためならず子のために


  東広島 米安 幸子

降る雨に避難命令あるといへど峡を出でゆくライト見るなし
即避難をと言ひくるる娘よすでに真夜こたびの運は天に委ねむ


  島 田 八木 康子

生みし子を実家に託し幾年か週末のみの母なりし友
工房のステンドグラスにうつすらと積もれる塵の目に立つ夕べ


  柏 今野 英山(アシスタント)

小さきより始めるべしと父言ひきいまも忘れず相応に生く
父死して初めて見たる義眼なり濁りなき白に顔をそむけき



先人の歌


 『扇畑忠雄遺歌集』より

憲吉と茂吉文明三つながらみ葬りに侍りしえにしを思ふ
文明の告別式を終へしのち青山墓地に茂吉の墓訪ふ
隣り合ふ坂にまじはる坂ありて繁り合ふ木に見おぼえのあり
坂下りてまた坂あればしばしばも行きて迷ひき似たる街並
霧沈む白夜の国をめぐりしと旅の便り届くわが病む床に
年々に恋ひまさりゆく影一つ茂吉先生のうしろ姿か
わが街の豊かになりししるしとぞ浜の光のかがやかに見ゆ(辞世の歌)

昭和二十一年(三十五歳)歌誌『群山』創刊・編集責任者。平成十七年七月十六日逝去。享年九十四歳五ヶ月。


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