作品紹介

選者の歌
(平成30年11月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

久し振りに銀河を見たと幾人かの北海道の友よりの電話
公園のベンチに一人と思ひしにかたはらの草よりかすか虫の音(ね)


  奈 良 小谷 稔

妻は補聴器われは老眼鏡離し得ずそれでも長寿と称へられゐる
秋篠の道に懐かしき柿の木のいつまでもあれ青実ころがる


  東 京 雁部 貞夫

疱瘡と飢饉のゆゑに絶えし村「北越雪譜」の跡たづねゆく
越後塩沢雁木の町にわれは立つ上布求めて母来し町か


  さいたま 倉林 美千子

灯の下にものを刻める己が影ひとり心のままなる厨
遠き日に子の失ひしピッコロの記憶か穂草の中に光るよ


  東 京 實藤 恒子

四年四箇月休まず歌を詠み続け逝きたる嫁御に号泣せし一首
やさしさと気難しさは裏腹にアララギ新アララギに注ぎましし一世


  四日市 大井 力

七十年ぶりの精霊蜻蛉かとうたた寝覚めし縁側にゐる
盆蜻蛉と呼びて捕るのを戒めしふるさとびとの古きしきたり


  小 山 星野 清

ためらはずエアコンつけて室内で暮らせとぞ言ふ今朝もニュースは
耐へられぬ高温に蚊さへ潜むといふなるほど今年の庭に刺されず


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

手に持てる小さき鉛筆この軽き木の感触がこころを誘う
名は「みちえ」齢も近くわが歌を見ていますという四国の町に


  札 幌 内田 弘 *

この路地の僅かな起伏に雨水がひとつとなりて道端へ向かう
真夏日の噴水をものともせずに浴びている幼の声が園(その)にこだます


  横 浜 大窪 和子

危ふきバランス保ちて回る世界経済一撃にして罅を入れたり
生態系断ち切るに似てかの国のエゴイスト世界の連鎖を壊す


  能 美 小田 利文

黄昏に似合ふユーミン掻き消してターボエンジンの小気味好き音
ハンドルを勝手に切らるるにも慣れてアシスト任せの吾の運転


  東広島 米安 幸子

瀬野駅と八本松の長き区間復旧ならず遠き広島
人手少なき隣町に来しさだまさし汗する人ら励ましゆきぬ


  島 田 八木 康子

JRが高速試運転に使ひたる線路を越えてスーパーに行く
野も山も冷房完備と思ふまで盂蘭盆過ぎし今日の天恵


  柏 今野 英山(アシスタント)

酒断ちて居心地悪き酒の席遠慮さるるも無視さるるのも
夕暮れて街は見知らぬ景となり行きつ戻りついづこに行かむ



先人の歌


 佐藤祐禎歌集  『青白き光』より

民意なき原子炉再開に沸く怒りマグマとなりて地中に潜む
「この海の魚ではない」との表示あり原発の町のスーパー店に
送電線空を狭めて連なれる原発のめぐり蜻蛉(せいれい)飛ばず
都市なみの庁舎諸施設道路網原発諸税と言ふ糖衣着て
一基にて日に数億を稼ぐといふ原子炉の寿命知る人のなし
反原発の歌詠むわれに原発は社内の歌会の講師頼み来
原発に縋りて無為の二十年ぢり貧の町増設もとむ

『青白き光』には昭和58年から平成14年までの作品が収録されている。3.11はその9年後に起き、作者は2年後に避難所で亡くなられた。83歳。永久保存版とも言うべき歌集と思い、改めて紹介する。


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