作品紹介

選者の歌
(平成30年12月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

好きだけど短歌うたの下手なりし父なりきそれと殆ど変らざるわれ
亡き母と久し振りに会ひし夢コスモスの咲く花野の中にて


  奈 良 小谷 稔

半世紀紛糾つづきし大滝ダムわが秋海棠のふるさとにして
平成九年アララギ潰え秋海棠はその秋迎へて庭に咲きつぐ


  東 京 雁部 貞夫

札幌の雪の夜道に倒れたりし友元気にて車椅子こぐ
この友と石狩湾を北上し増毛目指しき「雄冬」の岬を越えて


  さいたま 倉林 美千子

息豊かに詠ひし人麻呂学問に勤しみし憶良同い年とぞ
子を詠ひ世の不条理を訴へて歌の分野を広げし憶良


  東 京 實藤 恒子

講義終へ出で湯に通ふ幾年かサウナに水にオイルマッサージに
「はつさ」とも読み得る「発作」を五味先生の療養中の歌より学ぶ


  四日市 大井 力

先に手を出したが負けと身にしみて思ひ続けて八十幾年
ふと吾をかげろふの如きもの過ぐる為すことのなき日々のひととき


  小 山 星野 清

体力の幾らか戻りこの春に月下美人を植ゑ替へしたり
久々に植ゑ替へすれば咲かざりし月下美人に二度目の蕾


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

うつくしく鳥の声してふたり黙す窓あけ放つ草はらの家
「君らしくないね」ふとした言葉なれど私らしさは求め求めん


  札 幌 内田 弘 *

ビルの半身はんみを照らして日はい没る西の方手稲の嶺が黒ずみ初めぬ
集めたる蜜を均等に巣に注ぎ働き蜂の深き眠りよ


  横 浜 大窪 和子

同じところで解らなくなり繰り返す夢の中にて踊るワルツは
幼マリをサマースクールに預け姉妹にてスコットランド旅するわが娘たち


  能 美 小田 利文

「バイバイ」と子が手を振りし病室にて義父は逝きたり半時間後なりき
剥き出しの死が目の前に運ばれて煤けし脛の骨を砕きつ


  東広島 米安 幸子

雨風に倒れし古き石ひとつおこして二人線香手向く
山栗を伐りて日のさす山の墓地とほき祖先の石も照らさる


  島 田 八木 康子

オレンジに光る小さな反射鏡アゲハチョウ寄り来て羽打ち止まず
小石川植物園に見上げたりハンカチノキの花と彩雲


  柏 今野 英山(アシスタント)

もしここがコンサートホールならと惜しみつつヴァイオリニストの技に聴き入る
空調もきかずにライトを浴びて弾く市民ホールのそこが限界



先人の歌


  小谷稔短歌集 『ふるさと』 “母”より

牛の仔を伴ひて母の嫁ぎ来しその山道も荒れて家絶ゆ
風過ぐるざわめきに似て猿の群の林を移る母のふるさと
痴呆の兆し見え来し母の華やかに手鞠てまりをかがる手わざ確かに
若き日の茶摘の歌を唱ふ母痴呆は過ぎしよき日を呼ぶか
山の村に一生ひとよを過ぎて母の脚の強きもかなし呆けてさまよふ
九十の手のしなやかに箸持つをひとりよろこびふるさとを去る

 この歌集のあとがきに、「子どものころのふるさとの生活は、土と草木と水と生き物、つまり大自然への親しみ、大自然への畏敬という尊いものを生得的に心に与えてくれた。わたしの短歌の原動力がここにある。」と書いておられる。
 ふるさとを繰り返し詠まれた作者。この新アララギのホームページにおいても、長年熱心にご指導くださった。去る十月十八日に永眠された。九十歳。


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