小谷稔短歌集 『ふるさと』 “母”より
牛の仔を伴ひて母の嫁ぎ来しその山道も荒れて家絶ゆ
風過ぐるざわめきに似て猿の群の林を移る母のふるさと
痴呆の兆し見え来し母の華やかに手鞠をかがる手わざ確かに
若き日の茶摘の歌を唱ふ母痴呆は過ぎしよき日を呼ぶか
山の村に一生を過ぎて母の脚の強きもかなし呆けてさまよふ
九十の手のしなやかに箸持つをひとりよろこびふるさとを去る
この歌集のあとがきに、「子どものころのふるさとの生活は、土と草木と水と生き物、つまり大自然への親しみ、大自然への畏敬という尊いものを生得的に心に与えてくれた。わたしの短歌の原動力がここにある。」と書いておられる。
ふるさとを繰り返し詠まれた作者。この新アララギのホームページにおいても、長年熱心にご指導くださった。去る十月十八日に永眠された。九十歳。
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