作品紹介

選者の歌
(平成31年1月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

国内留学にて上京せし君わが家に寝泊まりせしひとときのあり 悼小谷稔氏
大和三山大峯登山芋峠越夏休みごと三人みたりにて為しし幾年


  東 京 雁部 貞夫

半ばまで雪をかぶりし富士の峰見つつし思ふ君亡き今を 小谷稔氏逝く
夜を徹し友の下宿にアララギを語り合ひしよ六十年前


  さいたま 倉林 美千子

北の町の家に習ひしムックリも小箱の中にいたく古りたり
北国はすぐ雪だらう無力といへ被災せし友に電話をかけぬ


  東 京 實藤 恒子

薄紅の白の斑の五色椿咲くも散りしもはんなりとして
「五色八重散り椿」の咲ける下散りし花弁にぞくぞくとする


  四日市 大井 力

放射能洩らしてふためく星がある銀漢のなかの吾等住む星
黄に柚子のいつか色付き露の世に鎧はず語るおもひ湧き来ぬ


  小 山 星野 清

骨密度高き数値の若さ誇る歌残されて君逝き給ふ
的確なる君の指導は新アララギホームページの憧憬なりき


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

ふいにくドアより冷気ながれきてホノルル官庁街ダウンタウンの暗がり
さまざまな形を指につくり出し影絵にあそぶ日本の朝を


  札 幌 内田 弘 *

わが腕にふらふら止まりし秋の蚊よ老いの血では元気は出ぬぞ
それぞれの経て来し過去に触るるなく通夜に集まる伯父叔母従兄弟いとこ


  横 浜 大窪 和子

スーチー女史あなたも軍部抑へきれず保身に傾くさびしき人か
咲く花を髪に飾りて立つ人よ今こそ救へロヒンギャの人々


  能 美 小田 利文

翌日の死刑執行を告げらるる夢なりきしばし体動かず
突然死の予兆ならずやと怖れたる夢のこゑ去り秋に入りゆく


  東広島 米安 幸子

帰途のの車窓にいま美しく夕映す君のふるさと礼して過ぎぬ
朝靄の中をいでゆき帰りくる庭に暮れ残る石蕗の花


  島 田 八木 康子

卒業式は運動場の風の中団塊世代一年目の我ら
「人数が多いのだから」が枕詞の中学時代も楽しかりしか


  柏 今野 英山(アシスタント)

平日の美術館の列長々し団塊の世代は野に放たれて
この列島は美のガラパゴスどの文明も思ひつかざる形生まれき



先人の歌


  齋藤茂吉歌集 『つゆじも』 より

雨はれし港はつひに水銀みづがねのしづかなういろに夕ぐれにけり
長崎の晝しづかなる唐寺たうてらやおもひいづれば白きさるすべりのはな
ながらふる月のひかりに照らされしわが足もとの秋ぐさのはな
あららぎのくれなゐの実をむときはちちはは恋し信濃路にして
くたびれて吾の息づく釜無の谷のくらがりに啼くほととぎす


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