作品紹介

選者の歌
(平成31年2月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

アララギの選者なりし我等なり頑張り合はむと別れ際に言ひき 追悼小谷稔氏
佐紀の野の上村孫作邸訪問も君の導きありて為したり


  東 京 雁部 貞夫

梯子のり難なくこなし猿の次郎昂然と立つ群衆の前
この猿に見覚えのあり去年こぞの秋銀座の広場に人集めゐき


  さいたま 倉林 美千子

野の萩を手折りて歩む傍らに声かけくるる君はいまさず
西大寺にて待つと言ひしは六日前み声は耳に残れるものを


  東 京 實藤 恒子

歌に関はるが無上のよろこびと歌会に出で病を忘れ無理したまひき
そのやさしき筆の跡を偲びつつ花に埋もるるうつしゑにむかふ


  別 府 佐藤 嘉一

災害に備へ買ひしラジオにてギター爪弾くを寝ころびて聞く
ダイヤルを合はせゐて入る放送大学の「宇宙の進化」想像しつつ聞く


  四日市 大井 力

君を葬り帰る車窓の外昏れて十二夜の月かがやき初めぬ
東一華に今年花なきをいぶかりてそして七箇月のちの君の訃


  小 山 星野 清

この朝の新聞に紅葉の写真載れば言はるるままに出でて来たりぬ
戦後初の安居会のことは知らず間なく宿りき古峰神社に


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

降りいでし雨に水の輪いちめんに数かぎりなし高はらの池
木道を踏みゆくわれを包みては葦群なびき風の中なり


  札 幌 内田 弘 *

イヤホーンに深夜放送の演歌を聞けば今日は昨日の単なる連続
エレベーターが下りれば怒りは収まれど地下に着けばまたぶり返す


  横 浜 大窪 和子

まみえむと願ひて訪ひし明日香の里いづこ向きても在りしみ姿
失ひし『牛の子』をアマゾンに検索し一冊見つけました小谷先生


  東広島 米安 幸子 *

椎茸の榾木に残る蝉の殻いまだ意志のあるごとく踏張る
脱皮の後わづか十日の命なりし蝉の抜け殻に心のうごく


  能 美 小田 利文

大和への旅仕度せり先生の急逝告ぐるメールのありて
奈良行きの特急電車に飛び乗りて鞄より出だす歌集『黙座』を


  島 田 八木 康子

嫁ぎ来し我との日々の姑の心を思ふ今にやうやく
北窓の目と鼻の先アオサギか不意に音なくゆるく飛び立つ


  柏 今野 英山(アシスタント)

惚けてもよく笑ひよく歌ひたる母の元気はもう戻らぬか
延命の治療こばみし母の意志つらぬく勇気があるのかわれに



先人の歌


  宮地伸一全集より

まざまざと息たゆるさま見るものか堪へたへて長き苦しみのはて  十月二十五日
三十分前にはハイといらへしを窓白み来て今はなきがら
頭下げて医師は去りたり灯のしたにまだあたたかき妻の手をとる
汝が髪を撫でつつおもふこの髪の白くなるまで命なかりき
病疑ふ心をあへて言はざりし妻を思へばわが堪へがたし

 妻の死を目の前にしての絶唱である。昭和五十一年のことである。

大井 力


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