作品紹介

選者の歌
(平成31年3月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

君が剥き吊るし干したる百匁柿今しわれは口にせむとす
この腕にてノックをしたる者の中に六大学の猛者もをりたり


  東 京 雁部 貞夫

映画果て書店に入ればこは如何に「平成の大御歌(おほみうた)」と大書する記事
「大御歌」は死語と思へど百五十年時計の針を戻せと言ふか


  さいたま 倉林 美千子

いにしへの誰が眠るかと箸墓の全容を共に俯瞰したりき
「待ってゐるよ西大寺駅に会はむ」といふその約を果さず逝き給ひたり


  東 京 實藤 恒子

八十にて短歌講座に来し友の一途に学び白寿となりぬ
ご子息の逝かれしも健気に歌を詠み万葉集を学び休むなし


  四日市 大井 力

死の予感爪先ほども感ぜざる小谷稔の歌を読みゐる
介護車より降りくる片麻痺の人を見て何とも切なく踵を返す


  別 府 佐藤 嘉一

先生の今日は命日『萬葉集上野國歌私注』取出して読む
表紙と扉に『萬葉集上野國歌私注』と記すはまさしく土屋先生の文字


  小 山 星野 清

志賀島の旅の縁に年々の庭に増えゆく石蕗の花
突き上ぐる揺れありて書斎を見にゆけば本棚より書籍流始まりゐたり


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

側溝を流るる水の音ひびき今日ふたたびの雪を待つ町
道の上(え)に並べし市をたたみつつ媼は低く声かけてきぬ


  札 幌 内田 弘 *

オカリナの声は寂しく妻の吹く母逝きてきょう七七忌
極楽に必ず行けると信じいる吾は三途の川にて果つるや


  横 浜 大窪 和子

盛岡に途中下車してひとり訪ぬうら若く心寄せし啄木の郷
あたたかく桜紅葉(もみ)づる渋民に見えし歌碑は「泣けとごとくに」


  能 美 小田 利文

小谷先生の教育熱心の賜物の「三叉集」なり大切に持つ
五十歳夫婦割引に妻と観る「ボヘミアン・ラプソディ」に昂るは吾


  東広島 米安 幸子

向かひ合ひ腰を伸ばして窓磨く明日(あした)は母の三十三回忌
まだ若き畳屋店主ねもころに障子畳を取り換へくるる


  島 田 八木 康子

四日前ハテナマークを付けしは我今日は難なく読めるこの文字
忘却も時に良きもの再びの古き映画を息詰めて観る


  柏 今野 英山(アシスタント)

餞別にもらひて蒔きし糸瓜(ナーベラー)の忘るる頃にひとつ芽の出づ
ナーベラーに沖縄の暑さよみがへる生姜おひたし味噌炒めなど



先人の歌


 このホームページに於いて長年コメンテーターを務めて下さった小谷 稔氏が昨年2018年10月18日に逝去された。アララギ、新アララギの選者として多くの後進を育てられ、京都産業大学の講師でもあられた。
 その第一歌集『秋篠』(現代短歌社、第一歌集文庫)から連作を紹介する。

    『秋篠』     小谷 稔

          干 柿
父の形見の眼鏡失ひ探しゐる母の音聞ゆ夜の更くるまで
ピストルをひそかに持ちてゐしといふわが祖父の何に怯えしならむ
干柿も売科なれば病むときにわづかもらひき幼きころは
幼くて夜々柿剥きし手触りの冷く堅く今に残れり
ひとり来し山のくぼみに実の赤き冬青(そよご)鳴らして風吹きゆけり
菊の花枯れてしまへば潜みゐしありまきは集ふその冬至芽に
夕映の空を負ひたる葛城の山つつむ靄一日動かず


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