作品紹介

選者の歌
(令和元年6月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

「子備前」と称して今もわが使ふ息子が修学旅行にて買ひ来し茶碗
原発の廃墟のあるを知らざれば雁ら日本にまた渡り来る


  東 京 雁部 貞夫

烏龍茶しきりに飲みて気焔はく女(をみな)頼もし奈良の歌会は
たとふれば茶粥の如き歌幾首助詞を省けば味濃くなりぬ


  さいたま 倉林 美千子

ゲーテとシラーの柩訪ねてワイマールの王家の墓苑さまよひたりき
ホワイトアスパラ山盛りにして呼ばふ声墓苑の外は人の世にして


  東 京 實藤 恒子

雑誌「いづみ」の文明の歌確かめて貸与下されし青木学長
車椅子に講演されしは九十五歳か張りある声を頼みをりしに


  四日市 大井 力

賜はりし美濃の捩花の種を取り増えし二鉢に朝々かがむ
薬食ひの身となり果てて存へていくつもの恩返すことなし


  別 府 佐藤 嘉一

三月になれば蕾もふくらむか川のほとりのイタビを見に来ぬ
土屋先生記ししイタビはここにもあり豊かなる実を今年もつけよ


  小 山 星野 清

殊更に意味込めて元号を言ふテレビ年明けてより食傷気味なり
宇井純に親しき友といふのみに篤き交はりを君下されき


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

あちこちに小さき電球点るごと黄のクロッカス閉じて夕暮れ
わが頬に帽子にまとわるほどの風ふきのとう摘むつくしを摘む


  札 幌 内田 弘 *

解放されし夜の丸山動物園蛇と蜥蜴がわれらを睨む
大胆に確実に地球に戻り来よ「はやぶさ2」お前が吾らの救い


  横 浜 大窪 和子

指おりて今日は四つのこと熟(こな)すドコモショップも忘れずゆきて
離脱などする筈がないイギリスはEUと共にといひ居しポール


  能 美 小田 利文

冷え著き今朝の歩みのぎくしやくと会社への道もゾンビさながら
盲人歩行訓練指導に励み来ぬ点字ブロックに助けられつつ


  東広島 米安 幸子

あたらしき朝のドラマは十勝なる開拓地にて牛飼ふ家族
あたりまへと言はばいふべく牛の仔の乳吸ふみうたこゑにいでたり


  島 田 八木 康子

呼びかけし我の声音に蘇ると母を告げられ十三回忌
電線に今朝も来てをりほの甘きわが小松菜を覚えし鵯が


  柏 今野 英山(アシスタント)

角柱に「よし原大門」と照し出す「見返り柳」のある交差点
商店街の入り口に立つ「あしたのジョー」山谷のざわめき今はなけれど



先人の歌


宮地伸一歌集『町かげの沼』より

幼な子が持ちかへ持ちかへパン一個食ひ終るまで我は見てゐる
あたたかき冬日に髪を梳く妻のかたはらにゐて妻のにほひよ
「君が代」を歌はぬことに心決め数よむ中に手を挙げてゐる
築山の前の平らに少しばかりあやめ茂りて春ゆかむとす
この店にゾッキ本となり積まれたる著書見つつ亡き君を悲しむ
結局は生徒のことが話題となるかく飲みあへる今宵といへども

 


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