作品紹介

選者の歌
(令和元年8月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

穴あれど出で入る蟻の乏しかり蟻も少子化余儀無きらしも
父母がなほも祈るを見て幼再び小さき手を合はせたり


  東 京 雁部 貞夫

今の世は令和令和と浮かれすぎその名を背負ふ人思ふべし
世の中のどこに隠れてゐたりけむ俄か「万葉」店頭埋めて


  さいたま 倉林 美千子

烏賊にレモンを滴らせゐるこの友のかかる仕草も若き日のまま
砂山に身ごもりしことも告げたりきかの日の昼の海も凪ぎゐて


  東 京 實藤 恒子

姪よりの電話はその母の逝きし知らせ届けしものの返事待ちゐしに
しもつけの葉に輝ける朝の露ひとりもとほる荼毘所の庭に


  四日市 大井 力

平成だ令和だとはしやぎ過ぎますな押し移る時のひと日はひと日
雨止みて風の出で来し気配して闇に令和の刻が過ぎゆく


  別 府 佐藤 嘉一

憲法改正反対は五十二パーセントの記事に嬉しく力湧き来る
第九条は世界に類のなき内容とバラック教室にて吾教はりき


  小 山 星野 清

道端に土手にソラマメの種を播きよく食ひき疎開したるわが家は
配給の何の粉なりし蒸して食ひわれ一人よく腹下したり


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

帽子押さえ押さえて風の中にあり熟れし麦穂を風ふきわたる
大雨の過ぎたりという甲府の町ひんやりとして空は明るむ


  札 幌 内田 弘 *

権力を忖度する国会のなれの果て憲法九条も危うし危うし
わが裡の暗き妬みの感情を肯定してゆく雨降る朝を


  横 浜 大窪 和子

機会均等法を掲げて来るこの国に改元となりて見えたる本音
日本の原発は廃炉の時代といふその幾十兆円誰が出すのか


  能 美 小田 利文

ラジオより流るる昭和の懐メロに吾が感傷す兄を思ひて
これがまあ吾の身体か検査室の体重計は指す四十六・五キロ


  東広島 米安 幸子

駅前のお好み焼きのビルの前内外問はぬ老若男女
忘れめやお好み焼きのソースの香忘るるなかれヒロシマの惨


  島 田 八木 康子

受話器取る第一声はこの友も警戒心の滲む世となる
三人の子の最後の一人も良き人と出会ひて家を出でてゆくらし


  柏 今野 英山(アシスタント)

上手より面白い方がずつといい現代アートも図画の授業も
神田川に沿ひたる桜は五分六分花つきるなし肥後屋敷まで



先人の歌


『柿陰集』より       島木 赤彦

島木赤彦は「アララギ」のなかで、歌の抒情性を削いでいったが、なお残る浪漫性は生涯の最後の作品群をとても豊かにしている。

隣室にふみよむ子らの声聞けば心に沁みて生きたかりけり
信濃路はいつ春にならん夕づく日入りてしまらく黄なる空のいろ
信濃路に帰り来たりてうれしけれ黄に透りたる漬菜の色は
魂はいづれの空に行くならん我に用なきことを思ひ居り
我が家の犬はいづこにゆきぬらむ今宵も思ひいでて眠れる


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