作品紹介

選者の歌
(令和元年10月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

骨董屋に金鵄勲章売られをりわれも兄のを売つてしまへり
老醜をも早気にすることもなくただ只管に生きてをるのみ


  東 京 雁部 貞夫

安曇野に七坪の山小屋建てし君の歌ささやかなりき松の林に
つつましく心の惑ひを詠みましき相聞の歌しみじみと読む


  さいたま 倉林 美千子

またしても面倒なことを言ひてくる雨の音する受話器を置きぬ
海中わだなかに瞬かず眠るといふ魚のからだ光るかかかる月夜は


  東 京 實藤 恒子

憶良の文を泥みつつ読み出でむとす玄関に桜の花弁はなびらひとつ
竹叢に画眉鳥の声しきりなり講座を終へし安らぎに聞く


  四日市 大井 力

郭公の信号音に追はれつつ渡りし四叉路ふり返りみる
くちなしの花衰へて褐色のかたはらに又咲けるひと花


  別 府 佐藤 嘉一

絶え間なき疼きは後頭部より首にかけ時には針にて刺さるる痛み
十日振りに庭に出で来て勢ひよく茂るドクダミの前に立ちつくす


  小 山 星野 清

三回忌過ぎしばかりの弟に代はりて聴きぬ孫のピアノを
丹沢山たんざはををりをりに語りゐたる友思ひ浮かぶも皆世を隔つ


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

聴衆の去りたる後をひとり弾く山本将信牧師への敬意オマージュ
恋愛に落ちゆく様を誰よりも早く気づきて見守りくれき


  札 幌 内田 弘 *

夕ぐれは逢魔の時よ忽然と闇に誘われ異界へ入りぬ
展翅されしオオムラサキは薄暗き一画になおも鱗粉を光らす


  横 浜 大窪 和子

ゆりの木は切り倒されぬキャンパスにわれらを目守り聳え居たりき
若きわれらが気負ひし歌誌に「ゆりの木」と名付けられしは五味保義先生


  能 美 小田 利文

一つ折りて二円の箱を百までが限界の君の乏しき工賃
週末の雨に傷みしミニトマトの選別が今朝の吾らが仕事ぞ


  東広島 米安 幸子

今日も雨乾燥肌のうるほふもひまはりの花雫しやまず
何のをりか「気を大きく」と母の声よみがへりきて後を眠れず


  島 田 八木 康子

親孝行は生れて三年にて済むといふ届く写メールに頷きゐたり
わが役はサンドバッグかそれも良し受話器を置けば雲間の光


  柏 今野 英山(アシスタント)

ラファエロの生まれし街はウルビーノ色あはき煉瓦よりなる都
ローマにてをりをり通ひし美食街トラステベレのパン屋の娘ぞフォルナリナは



先人の歌


今回はこの欄を借りて、ホームページお休みのためご紹介できなかった新アララギ9月号掲載の選者等作品を、一首ずつですが紹介いたします。

「爺よりも八十七歳若いんだ」母親とともに幼も笑ひぬ
                    吉村 睦人

今年また明日香の会のとき迫る君が手塩に育ちし会が
                    雁部 貞夫

仕事持ちて可能と思ふか買物も料理も引受けたなどと易々
                    倉林 美千子

妹の水墨画五十号一面の「滝」そのとどろきのなかに立ちゐる
                    實藤 恒子

咲きてはやひと日に終る夏椿朝がたの苔の上にまろびぬ
                    大井 力

夕方までグラマンの銃撃に脅えゐき沖縄の戦ひ終りし後は
                    佐藤 嘉一

記念館は三十年にならむとし杖突く老いとなりて来たりぬ
                    星野 清

杉老いて並み立つここは無人駅たちまち冷たき風にとらわる
                    青木 道枝 *

脱皮する体を持てず人類は少しずつ器官を成熟させたのだ
                    内田 弘 *

改札口に入らむとして鳴るスマホあたふた一つの仕事受け取る
                    大窪 和子

「還暦から二千万貯める方法」といふ記事ならばすぐに読まむを
                    小田 利文

カーネーションに添へて初めてまごころの球根ひとつ木片ひとつ
                    米安 幸子

本意ほいならずドアが音立て締まるためしたとへばノブを手に不意によろけて
                    八木 康子

カペラッチにトルッテリーニ馴染みなきパスタの美味しこのボローニャに
                    今野 英山


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