作品紹介

選者の歌
(令和元年12月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

敬遠して食ひて来さりし皮蛋ピータンを今日食ひみれば意外と美味し
白昼から跳梁しゐる魑魅魍魎どもここより見ゆる国会議事堂に


  東 京 雁部 貞夫

この街は二百万都市歌を詠む楽しさ語る若者出でよ   −札幌にて−
もの調べ詠むは楽しと吾に告ぐ「茂吉の会」にて岡井隆は


  さいたま 倉林 美千子

受話器をふと目に追ひ思ふ秋篠に応へ下さる人はいまさず
読みくるる君は亡くとも論一つ書きあげてあはれこころ充ちくる


  東 京 實藤 恒子

瓶に挿す君子蘭の葉きりりとして五味先生の短冊のした
久々に視力の検査してもらひ臥して読む眼鏡をけふは注文す


  四日市 大井 力

切符買ふ硬貨を入るる真うしろに舌打ちされて手元が狂ふ
フイルムを早回しするさながらの前半生か手探りのまま


  別 府 佐藤 嘉一

文明訳の『波斯神話』をこの古書店に立寄り偶然見つけて買ひき
買ひそびれし『子規全集』が欲しと言へば十日ばかりして持ち来てくれぬ


  小 山 星野 清

検査結果よしと言はれて二十日余り突然の高熱は思ひみざりき
退院までの日数告げられ思ひ決め退かねばならぬ仕事を数ふ


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

足も手も耳もはっきりエコー画像なれの座高はいま七センチ
丸まりて無音の水に漂えりまだ見ぬ汝の命はじまる


  札 幌 内田 弘 *

プラットホームに入りゆく電車の振動が微妙になりて終着札幌
蛇口より落ちて石の畳に光りいる水に屋上のネオンが映る


  横 浜 大窪 和子

どこが痛いといふにあらねど痛むものあまた抱へて疲れてねむる
世の何ほどを知り居るわれか犯罪もその広がりも時空を走る


  能 美 小田 利文

休憩を取らむと降りしリビングに待ちゐるよ妻とコーヒーの香り
一日の滴りの如き時と思ふ眠りの前に読むミステリー


  東広島 米安 幸子

秋天にかがやく柿の実子規の横顔百年前も今も変らず
幾分か背高くなりし中学生わが耳慣れぬ声に現はる


  島 田 八木 康子

家籠るわが日々にして縁ある人の思はぬ知らせ次々
両家顔合はせ思ひて買ひし靴バッグ出番となりぬ届く訃報に


  柏 今野 英山(アシスタント)

訪ふ人の稀なる梵鐘ゆふぐれて「国家安康」かすかに見える(方広寺)
東大寺をしのぐ高さの盧遮那仏自負も不安も礎石の下に



先人の歌


昨年10月に90歳でお亡くなりになった小谷稔先生の作品を紹介します。

○とどろきて光をはなつ那智の滝しぶきの奥に太々と落つ
○牛の仔の乳吸ふ音の聞こゆるも寂しかりけりふるさとに寝て
○児童らの下げくる下駄の鼻緒すげ四角になりぬ吾の手拭
○吾の歯の砕くるばかりの歯ぎしりを日々に耐へつつ「一強」憎む
○薬剤の副作用にて喉渇きふるさとの天然水ひたすら恋し

 新アララギ11月号は「小谷稔追悼特集号」でもありました。
寄稿文の中には「今年の新アララギの2月号からはほぼ小谷先生の追悼歌特集状態である。」から始まる一文もあるほど、尽力され続けられた重鎮でした。
 このHPの「新アララギ通信」【91】にも、<★ 追悼・小谷稔 ★現代短歌2月 特集より>として11首紹介されています。


バックナンバー