作品紹介

選者の歌
(令和2年1月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 吉村 睦人

雨に濡るるあららぎの朱実幾粒か茂吉せし如くわがふふみたり
わが隣に土屋先生いますを幻に今日の歌会も緊張しゐき


  東 京 雁部 貞夫

春告ぐる魚をゆたかに盛りし皿あれは確かに古九谷だつた
蟹焼きてその身すすめて呉れたりき静かに雨の降る宵なりき


  さいたま 倉林 美千子

山椒魚の卵とぞ声をひそめにき湿原の水に白く浮くもの
山椒魚の卵と井守とひそかなりき湿原の水は雲を映して


  東 京 實藤 恒子

黄み帯びし曼殊沙華の白小振りの赤けさバルコンの四十六本
愛の証の観音竹はいよよ茂り王者の風格凛々として


  四日市 大井 力

ひと跨ぎの流れを三途の川といふ友の指差す彼の世の入口の川
七十人超えし巫女いたこがいま三人パートの主婦が務むるといふ


  別 府 佐藤 嘉一

一番列車過ぎたる後は物音絶え白々と照る有明の月
街灯の明滅くり返す道に仰ぐ円みの欠けし十九夜の月


  小 山 星野 清

台風の過ぎて明るき空となり今日にて長き治療の終る
電話にて退院告ぐればよく生きて帰ってきたと友の医師言ふ


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

学校は昼の休みか葡萄棚つづきいる丘に声のひびきて
収穫終え清められたる畑土にひと夜の雨のひかり残れり


  札 幌 内田 弘 *

連なりてトンボが茜の空を行きその複眼が水を恋いたり
ベランダの欄干に止まるアキアカネ翅が震えてはぐれているのか


  横 浜 大窪 和子

ブルーシート張る屋根の下また同じコースを来るといふ台風を待つ
国際会議にメルケル女史のふくよかなる微笑みあれば頼みしものを


  能 美 小田 利文

歳を忘れ妻と枕を投げ合へりラクビージャパンの勝利に酔ひて
「地下神殿」が街を護りき進化形小放水路を造れ何処いづこにも


  東広島 米安 幸子

雨あとのテントに初めて子と寝ねし娘を気遣ふ雨の被災地を
身を堅く幾日横たふ被災地の人達いかにまた雨が降る


  島 田 八木 康子

何十年ぶりにか入りし図書室の空気にひるむ重く淀みて
「人間死ぬこと以外かすり傷」と誰が言ひしかわが身を去らず


  柏 今野 英山(アシスタント)

パパが来て爺ぢ要らぬと言ひはなつ忖度するなき幼の本音
令和の世に「東京裁判」なまなまし国益の果ての行きつく姿



先人の歌


斎藤茂吉歌集『あらたま』 再読

○ふり灑ぐあまつひかりに目の見えぬ黒き蟋蟀を追ひつめにけり
○ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも
○電燈の光とどかぬ宵やみのひくき空より蛾はとびて来つ
○いきどほしきこの身もつひに黙しつつ入日のなかに無花果を食む
○朝あけて船より鳴れる太笛のこだまはながし竝みよろふ山


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