作品紹介

選者の歌
(令和2年2月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 雁部 貞夫

夏来なば年々まとふ麻の襯衣シャツ父より享けて四十年か
京都「深草」枯木町とはどんな町僧坊町には歌の友住む


  さいたま 倉林 美千子

塚より出し三千の剣国護りも何か不穏のもとにありしか
日が差すと思へば忽ちしぶく雨出雲は「幽」を支配すといふ


  東 京 實藤 恒子

小谷氏亡き明日香歌会に招かれて心を尽くしわれは努めぬ
伊那谷の短歌まつりと重なりて明日香歌会も十一年か


  四日市 大井 力

千万年前の溶結凝灰岩しろじろ並び海にそばだ
隆起せし岩々にみ仏の名を付けて人々は海に鮪を追ふか


  別 府 佐藤 嘉一

モクセイの匂へる道に今日もまた亡き母に似し人に行き合う
ラジオ聞かず新聞も読まず頼まれし着物を夜更けまで母は縫ひゐき


  小 山 星野 清

首里城を平和のいしじを訪ねむか沖縄に未だ見ぬところあり
病まざれば今頃をりし首里城の炎上を見ぬ今朝のニュースに


運営委員の歌


  甲 府 青木 道枝 *

雷雨のなかハンドル握り握りしめ湧きたるこころブラームス弾きたし
窓くもり何も見えずひと夜あけし甲府の町は霧ふかき朝


  札 幌 内田 弘 *

脅迫観念に囚われ吾は混迷の心のままに街を行きたり
地下駅を上りてすぐの西空に五分と持たぬ虹が掛かりぬ


  横 浜 大窪 和子

牧師にならむ青年は今教会の数ほど居らずと伝へくるメール
「あなたに」と誘はれたる歌人ありローマ教皇の語らむはなに


  能 美 小田 利文

AIの勧めを聞かずパソコンに対へる夜更け左耳を病む
「突発性難聴」と告ぐる医師の声違和感残る耳に聞きたり


  東広島 米安 幸子

「過ちは繰り返さぬ」の碑の前に来たり説きますローマ教皇
君の淀みし「被爆者不在」教皇は「人間不在」と政府を指弾す


  島 田 八木 康子

はやぶさを飛ばす頭脳よ台風の勢力半減さする手立ては無きか
覚え無き打ち身のあざもやうやくに薄れゆくらし日数重ねて


  柏 今野 英山(アシスタント)

めでた歌終れば初めて酌に立つめりはりありて雪国の宴
雪深き飛騨にやること何がある木を彫り機織り芸事みがく



先人の歌


昨年、12月4日に亡くなられた吉村睦人先生の最後の歌集『蝋梅の花』からご紹介します。吉村先生はこのホームページの開設当初コメンテーターとして係わってくださった方でもあります。内省的で静かな作品を数首ですが味わってお読みください。

歌集『蝋梅の花』   吉村睦人

  小題  「大き筆」 抄
ゆくりなく新宿に妹見かけしが連れを知らねば声かけざりき
諦めがいいんですねと言はれたりわれの心を人の知らねば
グロテスクな都庁ビルが目に入らぬやうビルかげ選びわが歩み行く
負目のごとく思ひてをりし一つこと今日ゆくりなく片づきゆきぬ
罅入りしみ墓に丁寧に水かくる様も正目にわれは見たりき
小鳥来て水浴びせしか玄関の水鉢のめぐり水こぼれをり
通り道なれば今日も寄り拝む満足稲荷のいはれは知らず
幼きより小児喘息に苦しみ来てつひに姉の一生終りぬ
身体弱き姉のどこより出でたるか大き筆にて書きし書残る


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