令和元年九月に上梓された三宅奈緒子全歌集に関しては、すでに「新アララギ通信」にて紹介されております。その中で最も作品数の多い未刊歌集「井の頭の道」の中から、作者最晩年の連作を取り上げたいと思います。叙景と抒情が綯い交ぜにになって醸し出されるこの秀作を深く味わってください。
三宅奈緒子全歌集収録 「井の頭の道」
「今日は今日の若葉」より十首
直下地震を言ふとも何せむ今日は今日の若葉かがよふ園の径ゆく
おのが身の漱がるるごと若葉の園ゆきて白雲木そよぎ立つ下
深き緑に鬱金ざくら咲く一隅はひそけし稀れに人の声して
とめどなく散る花の下低き声に言かはしつつ老いの行きたり
その名こほしき駿河台匂その樹下に立ちゐておもふ今亡き人々
単調に噴く水の音人まばらに花咲く前のしづけき薔薇園
澄み澄みしカリヨンのひびき薔薇園のベンチに聞きてときながくゐる
心かよひし一人の友の亡きことも思ひ沁む今日の明るき園に
幾度となくベンチに倚りてやうやくに園めぐり終ふ杖曳きながら
折々の惑ひを持ちて季々にこの園歩みし日月茫々
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