作品紹介

選者の歌
(令和2年7月号)


  東 京 雁部 貞夫

わがモグは山東渡来の虎毛にて毛足なめらかわが膝に寝る
彼の国にて「マオ 」は八十の目出度き語この国にては只の老いぼれ


  さいたま 倉林 美千子

人類を滅ぼすに爆弾は要らぬ世か音無くコロナウイルスは増ゆ
マグマの映像見つつし思ふこの星の一瞬にわが生きたる不思議


  東 京 實藤 恒子

夜は臥所にはんなりとせるうすくれなゐ有楽椿はわが花夫か
幾十万の牛殺処分して十年かこたびは人の命にかかはる


  四日市 大井 力

コロナ禍もきたるべき不況も関はりのあらずと宙に黄蝶ただよふ
スペイン風邪百年前の死者四千万に及ぶことなかれコロナウイルス


  別 府 佐藤 嘉一

新型コロナは目に見えぬ敵油断せずマスクをせよと眼医者言ひたり
コロナウイルスひろがりて乗客は五割減りしとタクシー運転手は吾に語りぬ


  小 山 星野 清

今ならば体力あるにこの春は外出するなといふ世とはなる
生きてゐて死なないだけが人生の目的となるかわが晩年は


  柏 今野 英山

沈黙の白きマスクは群れをなし駅より涌きいで街に散りゆく
炎症をレントゲンにて映すごとコロナ患者の分布が見たい



運営委員の歌


  横 浜 大窪 和子

コロナ感染危ぶみとどむる手を払ひミサへと走る人のかなしみ
神田へ作業に行くか行かぬか思案するショートメールが朝より届く


  能 美 小田 利文

吾は籠り妻はスーパーに行きしのみ春暖かきこの休日を
明日も家に籠りゐたきに吾が支援待つ利用者の顔浮かび来る


  生 駒 小松 昶

コロナ禍に手術用マスクの不足して替へずに使ふ今日で三日目
三施設に麻酔する吾の感染は直ちに招かむ医療崩壊


  東広島 米安 幸子

山裾を占めて明るき花躑躅くるに来られぬものらを思ふ
妻も子もテレワークに励むも婿殿はいよいよ営業為難きを言ふ


  東 京 清野 八枝

友の摘みしハコベの緑サンドイッチにはさみて食みぬ昼の神田に
海原に日は輝きて波しぶく黒き荒磯に下りゆく少女


  島 田 八木 康子

痛みにも熱にも強い八木さんとか何処が病人と言はれて過ぎぬ
最後一回の照射の記憶われになしまどろみをりしか十五秒ほど 放射線


  小 山 金野 久子(アシスタント)

感染に忽ち逝きしコメディアン剽げし笑顔にわが胸塞ぐ
ウイルスのうごめく地球を押し照らすフルムーンとぞ今宵の月は



先人の歌


 コロナウイルス感染が一部を除き落ち着き、緊急事態宣言も解除、世の中が次第に活気を取り戻しつつある。梅雨は鬱陶しいと捉える向きもあるが、私は、緑が瑞々しく、紫陽花が咲き、暑すぎず、気持ちがしっとりと落ち着くこの季節が大好きである。そして先人の歌に一層心が潤うようだ。

いくたびか雨にも出でて苺つむ母がおよびは爪紅をせり                 長塚 節『長塚 節歌集』より
六月の疾風ときかぜは潮を吹き上げてはや黄に枯るる蒲なびくかも
             土屋 文明『六月風』より
梅雨雲にひとつ雲雀のこゑひびき葦間に鳴ける声と呼応す
             宮地 伸一『葛飾』より
きそひたる春の花過ぎしづけさの戻り来し野は梅雨ぐもりして
             小谷 稔『再誕』より


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