作品紹介

選者の歌
(令和2年8月号)


  東 京 雁部 貞夫

約束の六時半にはいとま ありSL広場で先づは一服 (新橋SL広場)
だしぬけに汽笛一声夜の六時告ぐる合図か新橋駅前


  さいたま 倉林 美千子

「家聞かな名告らさね」と問ひし君若菜摘む子の愛らしかりけむ
采女らの袖ひるがへし来し風かひととき辛夷の花びらが散る


  東 京 實藤 恒子

こたびはまた吉備真備の誌したる李訓の墓誌が発見されぬ
日本人の書きし中国人の墓誌確認されたり千二百余年まへの


  四日市 大井 力

ふるさとの歌の友逝く電話くる桜を散らす雨の日の午後
父の父そのまた父より伝はりし卒中の血脈わけてもかなし


  別 府 佐藤 嘉一

登校せぬ生徒を尋ねて来し路地は広場となりてベンチ並べり
受け持ちし生徒の早く死にたるは交通事故か癌病みしため


  小 山 星野 清

庭先に摘みこの年もミキサーにこなして作るわが山椒味噌
胡瓜二本庭に植ゑたりこの夏も採りたてに味噌をつけて食ふべく


  柏 今野 英山

疫病にヒトの正体見えてくる原則どほりの弱肉強食
自粛にてやる事そんなに無いものかホームセンター人にて溢る


運営委員の歌


  横 浜 大窪 和子

ポストまで行くからと夫を誘ひ出す序での散歩ノゲシ咲くみち
棕櫚の木をするする上りひとつ跳ねベランダの猫われの餌を待つ


  能 美 小田 利文

テレワークの効果か道の空きゐるは送迎業務の吾にありがたし
「コロナ後の世界」を垣間見る如し「ツイッターデモ」に政治動きぬ


  生 駒 小松 昶

高気密度マスクに麻酔を始むればたちまち息の苦しくなりぬ
フェイス・カバーに咽頭深く覗くとき視野の曇りぬ吾が息づきに


  東広島 米安 幸子

陸海空コロナウイルスの運ばれてマスクは外交の手立てともなる
コロナ禍の医療現場の困難に百年前の英世 ひでよ 思はる


  東 京 清野 八枝

上下階 メゾネット のホテルの窓を開け放ち近ぢかと聞く春の潮騒 (伊豆)
ウエイターに習ひて少女のたたみたるナプキンは極楽鳥花 ストレチア の花の形す


  島 田 八木 康子

明け方の早き目覚めに湧き止まずよぎる思ひ出たどるひととき
何におぢけて見つめ止まざるわが眼たゆまず進みゆく秒針を


  小 山 金野 久子(アシスタント)

人類は幾たび危機を越え来しか橡の穂花は青空を指す
人間の驕り正さむ摂理ともクリスチャンの友静かに語る



先人の歌


土屋文明の「食」の歌六首

海老食はぬ友鰻食はぬ友に挟まれて吾はむさぼる海老と鰻と
                   (青南集)
言葉なきこの天地あめつちも萌えいでよ萌えなば我は山をも食はむ                   (山下水)
朝々に霜は打たるる水芥子みづがらしとなりの兎と土屋とが食ふ                   (山下水)
水芥子冬のしげりを食ひ尽しのどかに次の伸びゆくを待つ
                    (山下水)
雪とけし泉の石に遊びいでて拝む蟹をも食はむとぞする
                    (山下水)
草食ひて山羊が乳出すことわりに春草の中に吾太りゆく
                    (山下水)


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