今回はこの欄を借りて、ホームページお休みのためご紹介できなかった新アララギ9月号掲載の選者等作品を、一首ずつですが紹介いたします。
桐の箱開くれば墨の香漂ひて息づく如し文明先生の文字 文明先生、昭和十三年
雁部 貞夫
九十五歳の夫と労りあふ暮らし終はるは何時かハナミズキ過ぐ
倉林 美千子
戦前より筑豊に火薬商を営みし父を継ぎ弟はいそしみたりき
實藤 恒子
常に風邪をひきてゐたりしに九十歳まで生きてゐるとは思ひみざりき
佐藤 嘉一
残されし刻のかたちかひつそりと疫病を避けて籠れるすがた
大井 力
群るることを入学式に咎められ如何なる未来を児らは迎ふる
星野 清
年ごとにその袋かけ手伝ひし白桃を待ち待ちき子供ごころに
今野 英山
遠き日に住みにし家の窓ひとつひらくことあり誰が呼ぶとなく
大窪 和子
今朝ひときは輝く白山仰ぎ見ぬ六十一歳を吾は迎へて
小田 利文
後の世を頼めぬ吾の残されて役終へゆきし父母思ふ
小松 昶
盛んなりし面影とどめて立たすごと今年九本のアカンサスの花
米安 幸子
洋館を背に薔薇園を撮る人ら花の香を嗅ぐマスクはづして
清野 八枝
枇杷の葉に盛られし枇杷にその重み無き絵見てゐる如き違和感
八木 康子
我が庭にさやかに勢ふアガパンサスその名たどれば愛の花とぞ
金野 久子 |