作品紹介

選者の歌
(令和2年11月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 雁部 貞夫

新聞もテレビもGoToトラベルか東京者は の種
手始めに鮎の刺身が出で来たりああ清らなる吉野の鮎が


  さいたま 倉林 美千子

過密ゆゑ開講出来ぬと再び言ふ声に告げたり引退のこと コロナ禍
それぞれの おも を思ひて読む手紙絵葉書もあり惜しみてくれぬ


  東 京 實藤 恒子

川に競ふ山笠四つ担ぐ人ら見る人らあまた県知事賞に
神幸祭 じんかう の山笠二つ川の中にぶつかり勢ふ半裸の男ら


  四日市 大井 力

死に真似をしてゐし蜘蛛がおもむろに灯の方へ逃れゆきたり
なりゆきの果ての北伊勢いままさに梅雨明けの夕焼けに極まる茜


  別 府 佐藤 嘉一

広島は空襲により被害甚大と帰る道に聞こゆるラジオにて知りき
広島に昨日落とししは原子爆弾とひそかに数学の先生言ひき


  小 山 星野 清

時に映るテレビのタイムズスクエアかの人混みをわれも歩みき
人影なくテレビに今日見るニューヨークコロナ禍の様は思ひ見ざりき


  柏 今野 英山

人生の哀しみ歓びかくれゐるマスクの色は様々なれど
いつの間にここに来たのか後悔も気負ひもあらず今ここにゐる


運営委員の歌


  横 浜 大窪 和子

山行きの長く叶はぬ日々にして思はず買ひぬ「山と渓谷」
分れ路に立つ道標に心寄す風雪に古りかしぐもありて


  能 美 小田 利文 *

副作用苦にならざれどコーヒー断ち酒断つは辛し一週間は
この度は永遠とは の断酒にあらざれば堪へむよ吾のラマダーンとして


  生 駒 小松 昶

パリパリと納体袋は音を立てコロナに逝きし人を呑み込む
非透過性納体袋に亡骸を収めし医師は心折れしと


  東広島 米安 幸子

「山上憶良」の残ししリアリズム確と受けつぎ導きし土屋文明
単身赴任の守なる憶良妻子よみ苦しむ民らをつぶさによみぬ


  東 京 清野 八枝

小笠原にて構想あたため来し次女の「母島」の物語つひに完成す
爆撃の跡遺りたる母島を幾たび訪ひしか船に酔ひつつ


  島 田 八木 康子

LEDのライトは寝覚めの目に厳しシェードに覆ひ朝々を読む
五百羅漢の傍への小さき五輪塔朝鮮通信使の銘を刻みて 興津清見寺


  小 山 金野 久子(アシスタント)

ふるさとの盆を思へばさみどりの甘きずんだ餅吾は食べたし
空襲を逃れし翌朝片方の靴失せてゐしわが記憶今も



先人の歌


「新アララギ」11月号には、昨年の12月に亡くなられた吉村睦人先生の追悼特集が組まれている。先生は生涯に六冊の歌集を編まれたが、その中の最後の歌集『蝋梅の花』から数首を引きたい。新アララギの創刊に尽力され、初期のホームページにもコメンテーターとして係わってくださった方である。味わってお読み頂きたい。殊に最後の二首を。

吉村睦人  『蝋梅の花』より

新しき歴史ここにてはじまるか何もまだなき事務所のフロア
出来上がりし創刊号をわが持ちて真つ先に行きぬ子規のみ墓に
「新アララギ」の委託販売に骨折れる幾人かありてわれも励めり

透き通るまでに色あせし蝋梅の花にてなほもかすかに匂ふ
暗みゆく庭のひとところほのぼのといまだ明るき蝋梅の花
雪の下にひしがれてゐし黄かたばみは蕾つく茎より立ち直りゆく

千年余作りつづけ来し歌にしてその先端にわれらの歌あり
歌一首出來しよろこびは万葉時代も二十一世紀も変わらずと思ふ


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