作品紹介

選者の歌
(令和3年2月号) < *印 新仮名遣い >


  東 京 雁部 貞夫

その昔煙草は暮らしのアクセント今は悪魔とそしる人々
九十おうなきみの歌集を祝はむと曹素功・十萬杵といふ墨を磨る


  さいたま 倉林 美千子

呼ばれたる気がして行きし裏庭に木犀は乏しき花つけてゐつ
ここしばらく若き日と変はらぬ仕事の量こなして立ちぬ机の前に


  東 京 實藤 恒子

泰阜やすをか村の稲架掛米を贈り来ぬ年々にはざかけを見て十四年
登りくだり険しき伊那谷の宿に着けば稲殻の煙たつ段々畑


  四日市 大井 力

人間のみにくさあらはに見てしまふかの国の大統領を選ぶ選挙に
かの国を恃みて安全を保ちゆくそれでいいのか渦を巻く世に


  別 府 佐藤 嘉一

戦争が終つてよかつたと母の言ひゐしを藷を食ふ度われ思ひ出づ
憲法の第九条は世界に誇るべきものと寒きバラックの教室にて習ひき


  小 山 星野 清

駅前に来るのも何か月ぶりなるか思はぬ位置にバス停がある
銀行の裏にありたる駐車場平日なるに門扉を閉ざす


  柏 今野 英山

白川のほとりに立てば人こひし吉井勇の歌口ずさむ
コロナ禍に人も車も影みえず板戸閉ざせる茶屋町あたり


運営委員の歌


  横 浜 大窪 和子

トランプゲームに負けて癇癪起こす児のやうなるボスに壊れし四年
「法と秩序」掲げて再選に臨みしがその抜け道も手の内といふ


  能 美 小田 利文

弱かりし母の心臓を受け継ぐか季節の変り目は動悸の激し
体調の定まらざりし冬の日々美味しありがたし今宵のビールは


  生 駒 小松 昶

大都市を含めるGo Toトラベルにインフル重ならば医療は崩れむ
イタリアのコロナ患者の治療にて逝きたる医師の二百に近し


  東広島 米安 幸子

東天にいよいよ細きけさの月冷えびえとして霜ふる気配
霜の朝より幾日もおかず汗ばむ日薪割る夫の切り上げにけり


  東 京 清野 八枝

東歌にせつなき相聞詠みし兵のふるさとなりや多胡の古き碑
タンポポの丸き綿毛のあまた立つ古墳の丘に時雨過ぎゆく


  島 田 八木 康子

枝豆の少し茹で過ぎたるも良し砂糖加へてずんだ餡とす
何処より来たりし蝶かつくばひの縁に動かぬこのカバマダラ


  小 山 金野 久子(アシスタント)

大統領選に揺れるアメリカ譲り合ふ心の広さ失ひたるか
颯爽とカマラ・ハリス氏登場す女性の未来をわれは期待す



先人の歌

 厳しい寒さが続き、未だ収束の見えないコロナウイルス。北国はまだ雪深く大変な日々かもしれません。でも三日は立春。陽射しが日に日に伸びて明るくなってきました。今月は早春の歌を選びました。

 土屋文明
寒国かんごくきたり住みつつ春を待つ心ともしきふゆくさのあを
   『ふゆくさ』より
ほがらかに雲雀の声はうらがなし雪のこる牧場ぼくじょう中空なかぞら にして  『山谷集』より

 宮地伸一
しどけなく臥せる真菰のあひだより青き芽も見ゆ水ぬるみ来て  『続葛飾』より
雪に悩む北国の人らを思ひつつ路地に日を浴むたんぽぽと共に  『続葛飾以後』より

 三宅奈緒子
けぶりつつ二月の雨の降り出でてひそけし花咲く前の梅林
   『風知草』より
二月の陽のまぶしき今日を雪解ゆきげ水わたりて店にアネモネを買ふ  『春の記憶』より


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