作品紹介

選者の歌
(令和3年6月号) 


  東 京 雁部 貞夫

実朝の「けけれあれや*」の歌思ふ箱根のうみも吾も昏れつつ    *「けけれ」は「心」の意
精密検査をうけよと人は言ひくるる遠慮しておくノリ・メ・タンケル*    *さわるなかれの意


  さいたま 倉林 美千子

湯につけし夫の脚細くなりたりと灯の下にわが拭ひをりたり
何処へ行かむ生命か知らず二人してながく生きしと向かひあひたり


  東 京 實藤 恒子

医師として第二の人生三十年七十五歳汝逝きにけり
死に際にわれに電話を掛け来しか携帯に残る番号のみが


  四日市 大井 力

マスクして人と話すな近寄るなウイルスに指図されて日が過ぐ
人と人離れよといふ世の中を知らず父母世を終へましぬ


  別 府 佐藤 嘉一

父の臨終近づきしとき樺美智子の死を告ぐるラジオの聞こえゐたりき
診察に来りし医師にわが父は薬代気にしつつ死にて行きたり


  小 山 星野 清

赤き縁の眼鏡作りて入院し帰ることなきわが母なりき
快活なる先生ありて楽しかりき四半世紀前のニュージーランドに


  柏 今野 英山

八ッ場ダムに溢るるばかりの水たたふ洪水調整これではできぬ
洪水を防ぐダムだと触れまはる渇水の夏には空にしておけ


運営委員の歌


  横 浜 大窪 和子

Qアノンとオウム真理教は同根か怪しきものはホモサピエンス
オンラインにちらちら手をふる孫の顔眠たげになりついと消えたり


  能 美 小田 利文

「起立・礼」に従ふも二十分が限度なる吾が子には良し式簡略化は
別れゆく日と知るならむ級友と並びてカメラに向けし子の眼は


  生 駒 小松 昶

万葉講座に学びし母は先生の死を知らぬまま十月とつき後逝きぬ
食堂の開く窓より四十雀の声の届きぬ去年こぞには無かりき


  東広島 米安 幸子

亡き母の庭より夫のさし木せし白椿ことしつぼみ七つ八つ
ほのしろき母の椿の名を知らずしかと聞きたる記憶なきまま


  東 京 清野 八枝

ブルーインパルスの描きしハート背に歌ふ「明日へ」MISIAの魂こめて
ポニーテールの姿清らに歩み出で礼する少女背丈伸びたり  卒業式


  島 田 八木 康子

裏庭にわれの摘みたる蕗の薹天ぷらにして今年は三度
今年またハムとベーコン上出来と電話は従妹取りに来てよと


  小 山 金野 久子(アシスタント)

百七歳篠田桃紅逝きましぬ美しき面に墨象描く
大胆な筆の創りし美しさこころ奪はれき高校生われは



先人の歌

                      添田博彬
終の日に傍に居れぬを負ひ目とするビルの診療を今日も疑ふ 
クリニック閉ぢむと決めて心揺らぐ恩頼に報い得たりしや否や
インターンの最初に学びし胸郭穿刺を老いて受くるは思ひみざりき
人眠る頃に読まむとする心起きるは生きゐる証とも思ふ
君を思ふ静かなる夕べ雨の中に白き花垂れ雫してをり

 添田博彬先生は「新アララギ」選者、「リゲル」発行編集人として短歌の指導に尽くされた歌人である。掲載歌五首は、今年の「新アララギ」二月号の「アララギの人々」欄に寄せられた、篠原信子氏による「添田博彬−歌に生きる−」に掲載された作品から選んだ。五首目は敬愛する歌人金石淳彦を詠んだ歌として紹介されている。


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