作品紹介

選者の歌
(令和3年7月号) 


  東 京 雁部 貞夫

越前によき人ありて蟹たまふ何飲まむかと地下の貯蔵庫
わが胸の思ひを知るや五十年李朝の かぶらの酒瓶を愛す


  さいたま 倉林 美千子

日の当たる信濃の山原くれなゐの茸囲みて声挙げたりき
                     悼 小松進さん
毒なしと見分けて君は吾が指しし一かたまりの茸抱へ収めき


  東 京 實藤 恒子

いつの時も福岡空港に降り立てばさはやかなる弟の笑顔のありき
雨のなか筑紫の桜を見せくれしはいつなりしか妹もゐて


  四日市 大井 力

「不要不急の外出をするな」さうだなあ思へばここに不用のひとり
涅槃西風 ねはんにし吹く日の過ぎてしつとりと木の芽おこしの雨の一日


  別 府 佐藤 嘉一

新任の吾に星野先生茶を淹れてくれしより思へば六十五年を経たり
黒き色の毛糸にて編みし手袋を吾の手を持ち填めてくれたり


  小 山 星野 清

四歳が躍る動画に歌へるは「新型コロナ」「緊急事態」
そのぢいの幼かりし日の音頭は「歯舞・色丹・国後・択捉」


  柏 今野 英山

彼岸前の都心につつじ咲きさかる歳時記もはや役には立たず
温暖化と早咲き品種はもつれあひ三月くれなゐの躑躅は満開


運営委員の歌


  横 浜 大窪 和子

癌の転移を告ぐる電話の声のなかに幼く出会ひしころ思ひ居る
介護保険の仕組みあれこれ伝へくる病む夫を日々に支へる友は


  能 美 小田 利文

単身赴任の頃の残業の日々を思ふ残務整理に今日も追はれて
送迎も今日で最後となる道に白山は見えず黄砂に霞みて


  生 駒 小松 昶

本人の確たる同意なきままにハンセン病者の解剖なされき
                     岡山愛生園
痛みの治療に療養所より通ふ人の人権侵害思ふなく
                     大島青松園


  東広島 米安 幸子

橋三つ見下ろす茶房にけふひとり親しき友に会ひたきものを
茶房より見おろす橋のそれぞれが被曝橋梁なりしと思ふ


  東 京 清野 八枝

軍隊を持つとはかういふことなのか政権を強奪し民衆を殺戮す
                     ミャンマー国軍
武力行使をただ傍観する国連か二国の拒否権になすすべもなく


  島 田 八木 康子

オリオンを見つつ歩けば大通りわが方向音痴は住む町にても
手の甲の白くなりたり自転車に乗ることもなく籠れる日々に


  小 山 金野 久子(アシスタント)

霞む眼に目薬さすも日に四たび今宵も三日月二重に見ゆる
ちぐはぐな気持ち否めぬ聖火リレー人ら群れゐるわが住む街に



先人の歌

前回に引き続き、世を隔たれた選者の方々の初夏の歌を、歌集または新アララギ2000年に発表された分から紹介します。

山桜の色はさびしと見つつ来て敦賀に着けば雨となりたり
朝となり烏賊釣船の数ふえて二つ三つ海と空の境に浮かぶ
                石井登喜夫 9月号
脳穿刺せむと握りし蛙子の澄みたる声に鳴きいだしたり
夏草の丈高く生ふる川の土手夕日浴びつつ斑牛ゆく
                添田博彬『企救小詠』
くれなゐの一点となり日は沈む午後十時すぎてハーグの森に
シーボルトの伝へしあぢさゐか忍冬の垣に花咲く淡きむらさき
                新津澄子 9月号
仏法僧鳴きしきりつつ更くる夜にまぼろしのごと遠き野火見つ
きぞ降りしひと夜の雨に赤濁り流るる河を砲艦行けり
                宮地伸一 『町かげの沼』
湿原のまなかに湛ふるひとつ沼七月の白き雲をうつせり
遠く来て八島湿原の花のなか露おぶる白山風露にかがむ
                三宅奈緒子 10月号
朝に咲き昼を盛りと匂へれど木槿は夕べおのづから散る
窓下に干からびし守宮やもりのむくろあり紙に拾へば未だいとけなき           佐々木忠郎 9,10月号
円山川をさかのぼりゆく夕潮の海のひかりにつづくあかるさ
雹の降る天のまほらを閃光の裂きて雷落つ平城山あたり
                小谷 稔 9,10月号
ゆくりなく並びてしばし歩みたり色づきそめし半夏生のそばを 水張りしままに放置せる田のありてこれも休耕の一つの姿か                 吉村 睦人  10月号


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