野村弘子歌集 『令法の花』より
長年、新アララギの発行業務に貢献され、全国歌会の運営にも力を尽くされた野村さんが本年4月に逝去された。90歳であった。その前年に上梓された掲出の歌集より数首を引く。
価値観
無理せずに毎日歩めと言はるれば心残し来しミモザ見にゆく
今日一日事なく過ぎしとカレンダーに線を引きたり残る日数へて
価値観の変りゆく時代と身に沁みぬ亡き母もかく思ひ生きしか
水澄みて流るる野川をゆるやかに羽根美しき鴛鴦がゆく
芝生の上に戯れてゐる母と子にこの安らぎの続く世を願ふ
日々に聞く争ひ止まぬ世界情勢テレビは気楽に笑ひて写す
ひとつ戦終らぬうちにグルジアに戦興るか安易のエゴに
日々の暮し安きに馴れて沖をゆくイージス艦を見たる驚き
大義とは聖戦とは何いつの日も憂き目をみるは弱き者なるに
遠き世に絶えぬ憎しみの連鎖ありそれぞれの熱き神の存在
一つ言葉 菓子の中の御神籤互ひに引きあひて楽しむなかの言葉に拘る
一つ言葉に拘り眠り浅き夜半遠き列車の過ぎゆく灯り
み吉野の桜恋ふとも再びは見ることなきか吾には遠し
姉と別れ一人来たりしみ吉野に西行住みゐし小さき庵
誰も来ぬこの静けさよ西行のこもりゐし庵に風渡りゆく
野村弘子さんは結婚後、福岡で暮らされ、短歌の初心の指導はリゲルの添田博彬先生であった。夫君が早世され、東京に戻り、二人の子息を育て、のちにはお孫さんたちの養育にも当たられた。その間、アララギ、新アララギと弛みなく短歌を詠み続けられた方である。
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